第6話 理由


「私がね、ワリンギルの実が落ちてこないかなって見に来たら、マヒシャが居たんだよ。それで、それから食料を持って来て交換してもらっているの」

 長い尻尾をくるくる回しながら、リータは笑って言った。


 リータはとても小さい子なのだ。サトシより小さい。ワリンギルの触手に絡まれたらオークのマヒシャと違ってとても振りほどけないだろう。

 この世界の固有植物であるワリンギルが狙っている生物は、やはりこの世界に生きているヴァナラ族なのかもしれない。


 俺達、3人は少しワリンギルが離れた場所に座っている。それぞれ食事しながら会話している。一人で食う味気ない飯に比べてずっと美味しい。

 俺は会社のレーション。マヒシャはリータが運んできた食事。リータはワリンギルの実と全員別メニューではあるが。



「ワリンギルの実を食べたら願いが叶うんだよ。だがから願いが叶ったんだよ。よかったねマヒシャ」


「そうだね。ワリンギルは霊木とも言われているからね。リータの願いも叶うといいね」

 マヒシャが優しい声で応える。彼の強すぎる性欲とやらは子供には発揮されない健全な物のようだ。


 ワリンギルはそんな言い伝えがあるのか。 と思っているとリータが話してくれた。 

 それは彼らヴァナラ族の英雄ハヌマーン王の好物だった。優れた猿人であった彼は普通のヴァナラ族なら餌食になってしまうワリンギルの実を何時でも容易く食べる事ができたという。そんな超人ぶりから生まれた伝説なのだろう。

 それとさっきから俺のスキルがワリンギルの実に反応している。俺は実を一つとリータが捨てた種を拾って採取袋にしまっておいた。

 よくわからないが、たぶん薬種になる。


「ねえ、サトシは何でここに来たの? やっぱりワリンギル?」

 

「何で?」

 この場にいる理由は俺もワリンギルだな。偶然、崖の上からその樹を発見したから降りてきた。だけど、異世界に来た理由なら違う。

「もうすぐ失業保険が切れそうだったからかな」


「え?」

「なに?」

 リータとマヒシャが俺を不思議そうな目で見ている。

 だけど、俺だって不思議だ。

 なんで俺、異世界にいるんだ? 2週間前には思いもしなかったよな。

 なんで俺は部長の頭をドラムにしてアカペラで熱唱したのかな?

 

 記憶には無いが俺は忘年会で部長の禿げ散らかした頭を叩きまくったらしい。当然3年努めたブラック企業は首になった。

 酒って怖いよな、、、


 ま、なんのかんの縁があって異世界の調査会社に就職する事になった。

 初めて異世界に連れて来れられた研修初日。お互いの姿が変わった驚きで俺達7人は興奮していた。そのざわめきが納まるのを待って課長は言った。


「貴方達には軸の迷宮第7階層、唯一のダンジョン『日本』を捜索してもらいます。分かっているのは日本へ転移する出口が富士山麓の北西にある青木ヶ原樹海の溶岩洞窟という事だけです」


 それを聞いて俺達7人はざわついた。

 富士山? 転移?

 意味が分からない。


「我々は数多の異世界を越え、軸の迷宮の最深部を目指しています。ですが、第7階層の唯一の手がかりである『日本』を攻略できないのです。その為、異例の事ですが現地で有能なスタッフを雇う事にしました」


 課長の演説が続くが、俺は声一つ出せなかった。

 他の皆も黙って話しを聞いている。


「色々聞きたい事があるでしょう。後で全て質問に答えます。ですが、まず皆さんに十分な報酬がある事はお約束致します。我々にその担保がある事をお見せしましょう」

 そういうと課長の指示で部下が二人、頑丈そうな木箱を運んで、課長と俺達の間のテーブルにそれを置いた。


「我々は全ての異世界で通用する価値を所有しております。全ての世界で、普遍的で有りながら貴重な存在。そして、全ての世界の人間の所有欲を燃やす金属。皆さんもよくご存知でしょう。さあ、報酬の担保を御覧あれ!」

 そう言って課長は木箱の中身をぶちまけた。

 それはオセロの石を数枚重ねたような円柱上のインゴットの山だった。

 確かに一目見て俺でもわかった。

 黄金である。

 そして、確かに課長の言うように黄金の輝きは俺の心に響いた。


 この異世界の調査会社の業務は危険であり、間違いなく勤務時間はブラックだ。しかし、給料はかなり高い。また、軸の迷宮への入り口を発見できれば、その成功報酬は半端無い。

 つまり、俺は金目当てで異世界に来ているのだ。

 

「やっぱ、異世界にはロマンがあるよね。誰も見た事の無い世界に行ってみたり、そこで困っている人を助けたり、美女のピンチを救ったりしたいよな」 

 俺だって人間です。初対面の人間に見栄だって張ります。




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