第5話 煩悩は悪じゃない
「あのさあ、俺にはこの世界の制度とか分からないんだけど、マヒシャ君は結婚とかしないの? しちゃダメな人とか?」
一応聞いてみよう。結婚したら彼の悩みは解消するんじゃないか? お寺の子だし結婚できないとか、かもだしな。
「私はお寺に置いてもらっているだけですので戒律などありません。ですが、私にはとても無理です。誰もが私の姿を見るなり逃げていきます。特に婦女子は」
「まあ、そうか、、、」
俺もモテナイ方だけど、顔がガチで豚の奴には敵わない。というか、マヒシャ君は最強にモテナイんだろうな、、、
「それに私は寺に拾われ上人様のお慈悲で生きてきました。私が勝手な事をしては上人様や寺の皆様に迷惑がかかるのです。でも、それがわかっているのに、私は煩悩が抑えられないのです。時には婦女子の匂いがするだけで、、、」
マヒシャの黒目勝ちの目には絶望が浮かぶ。大恩を受け彼が慕っている人たちへの想いと自分の本能がせめぎあっているのだ。
「それで、そのショウニンさん達はマヒシャに何か言ったの? 修行して来いとか」
「いえ、いつも私を庇ってくれています。ですが、私が寺に居るだけで迷惑がかかります、それに私もいつか婦女子を襲ってしまいそうで、、、」
マヒシャの話しでは、彼が住んでいた町では突然現われた異形の者への記憶が生々しく残っており、その被害者たちはかなり存在している。彼らは異形の姿そのもののマヒシャを酷く憎み警戒している為、彼は辛い生活を送っていたらしい。
だが、どれだけ我慢して慎ましく懸命に働いても、彼への偏見は消えなかった。豚頭の獣と恐れられ寺に火をかけようとする者まで現われたのだ。
だから、彼は寺から去った。書置きだけ残して姿を消したのだ。
「ですからサトシさんが現われた時は救われたと思ったのです。これで私の煩悩が消えると」
「煩悩なあ、、、」
俺は課長からこの世界にも人間が住んでいる事は聞いている。マヒシャの話だと彼はその人間の街で暮らしていたらしい。
ぬーん。どうやったら顔がガチ豚面に有効なアドバイスができるんだろ?
絶対女子にもてないよな。てか、俺もモテナイのにそういうアドバイスはそもそも無理か。
ん、待てよ。
今の俺には薬造りというスキルがある。なんとかマヒシャの力になれるかもしれない。
ベストの魔法薬はイケメンになる薬かモテモテになる薬だが、そんな薬は無い。というか有ったら俺が欲しい。
まあ、変身薬はあるからイケメンに変身できなくはないんだけど、効果時間が短いネタアイテムだから、マヒシャには向かない。
モテる薬は無い。あれば問題解決だし俺も欲しい。でも無いものは仕方ない。
彼の悩みをちょっと整理してみよう。
1、性欲が強すぎる。
2、女子にモテナイ。
3、1と2の結果、女子に襲い掛かりそうになる。
問題があるのは3だ。
1は、むしろ長所。子孫繁栄のパワーだからな。
2は、仕方ない。マヒシャ自身も納得し頑張っているようだ。
3は、論外。レイプ絶対ダメ。そして、この点だけならなんとかなるぞ。なによりマヒシャ君自身がレイプを恐れているからな。
つまり、3の攻撃性を抑制できればマヒシャの悩みはかなり減るはずだ。
「攻・撃・抑・制ざーい!」
「――突然、どうしました?」
「いや、なんでもない、、、」
く、つい秘密道具っぽく言ってしまった。
まあ、いい気を取り直して。
「うおっほん。マヒシャ君、心して聞きなさい。さっき俺は神様じゃないと言ったけど、まあ、神様ではないんだけどね。神様的な力は持ってます」
俺は突然威厳たっぷりに話し始めた つもりだ。
「これは魔法の薬だ。他者を害する心を抑える。婦女子を襲いそうになったら、自分に降りかけろ。効果が足りないと思ったら煙草みたいにキセルを使って吸っても良いよ。とりあえず手持ちをあげるよ。」
俺は会社の制服に装備しているカプセルを示した。
このアイテムは本来は外敵に襲われた時に使用する魔法薬だ。例えば突然ライオンやヒグマに襲われたら、これを叩きつけて薬を吸わせる。そうすれば相手は攻撃性を抑制される。生物にしか使えないが、使用すると襲い掛かってきた魔物が突然攻撃を止めて目の前でボーっと動かなくなるそうだ。
異世界の探索に危険はつきものなので、制服に装備されている。
そして、山ほど作り置きしてある薬には、この抑制剤もある。後でマヒシャに持ってきてやろう。取り合えずコレはお守り代わりだ。
マヒシャは、俺が近づくと身体に纏わりついた触手を必死に払って畏まった。
「ありがとうございます。人を傷つけないのなら、なによりです」
彼がなにより恐れたのは自分の性衝動だろう。それさえ抑えられたら人の中でも生活していけるし、彼の信用も育ってくる。実際、彼をよく知るお寺の人たちは彼を信じているようだしな。
というか、マヒシャ君凄い怪力だな。触手をぶっちぎってるよ。
「あれ? そう言えばさ、マヒシャ君は此処でどうやって生活してたの?」
研修で聞いた情報では、ここはメル山という山の南側の中腹で、フタナ島っていうかなりデカイ島のほぼ中央だ。町はかなり遠いはずだ。
「この辺りに住むヴァナラ族の童子が一日に一度食料を持って来てくれるのです。おかげで死なずに済みました」
マヒシャは俺からもらったカプセルを大事そうに両手で包み持っている。
済みました?
「まさか、マヒシャ君、此処で死ぬ気だったのか?」
この地形よく見ると片方は俺が降りてきたほぼ垂直の崖。反対側は急流の川。川下は町らしいけど、これ以上上流にはいけない。そこはワリンギルの大樹が道をふさいでいる。進めば大樹の養分になるしかない。
この地でマヒシャの父親は死んでいる。ワリンギルの大樹は彼の父親の墓標だ。
「はい、、、此処にはそのつもりで来ました」
マヒシャは顔を伏せている。よほど思いつめていたのだろう。じゃなかったら、こんな所で、身一つでこないな。
彼は粗末な腰布を纏っているだけなのだ。此処まで歩いてくるだけでも、必死だったろう。
「でも、もう死ぬ気はありません。サトシ様とリータさんのおかげで生きる希望が出てきました」
「また、様って言っているよ。 そのリータさんが世話してくれている人?」
「すいません、サトシさん。そうです。 あ! そこに来ています」
俺が振り返ると、50メートルほど離れた岩陰に隠れた影が見えた。
それにマヒシャ君が呼びかける。
「リータさーん! 大丈夫です! 怖い人ではありませんよ!!」
その声に安心したのか、ヴァナラ族の童子が姿を現した。
小さな身体で食料が入った籠を頑張って持っている。
それは、とても可愛くて微笑ましい姿だった。
「こんにちわ。リータです」
俺にぺこりと頭下げたその可愛い子供は、大きな丸い眼と子供らしい可愛い鼻がバランスの良い美しい顔をしている。
リータちゃんは白い美しい毛並みを持った猿人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます