第4話 猪頭の行者


「そうでしたか、神様ではなく人間だったのですか、、、」 

 マヒシャはあからさまにガッカリしていた。彼はワリンギルの大樹の下で座禅を組んでいる。当然身体はには無数の触手が絡み付いているがそれを気にする素振りは無い。


「そうなんだ、ちょっと異世界から研修にね」

 どうやら襲われないと分かって俺は心からほっとしていた。

 話ができる相手で本当によかった。

 

「異世界ですか。サトシ様はマハ・メルの洞窟から来られたのですか?」


「そうだよ。けどさ、様はやめようよ。俺は神様じゃないしね」

 彼の目は大きく黒目勝ちで優しい感じがしていた。マヒシャ君が温厚で理性的な人だからだろう。


「わかりました。それでは、サトシさんはオークを知っていますか? サトシさんが来られた世界には私のような人間はいましたか?」


 マヒシャは真剣な目で俺を見つめている。その視線は俺を捕まえ、どんな反応も見逃すまいと注視している。

「聞いた事はあるよ。ただ、俺のいた世界にはいないな」

 オークといえば、豚の頭をしたやんちゃな種族だったよな。俺にはその程度の知識しかない。


「そうでしたか、もしや父の故郷の人かと思いましたが、、、」


「俺は違うよ。ただ、俺の上司がたぶんマヒシャ君と同じ世界出身なんだ。課長は自分はエルフだって言い張っているから」

 課長達異世界人は長い耳、長い鼻、すらりとした手足を持っている。それは確かにエルフと印象が重なっているんだけど、邪悪な笑みも持ってるんだよな。どうみても、エルフっていうより悪魔って感じなんだけど。


「あの、そのカチョウという人は何処に居ますか? できたらお会いしたいのですが、、、」


「今は居ない。明後日の夕方には来ると思うよ。あれ? 故郷とか言ったよね? という事はマヒシャ君は課長と同郷なの?」


「いえ、私はこの世界の生まれです。私が生まれた年にマハ・メルの洞窟から異形の者共が湧き出たそうです。その中にオーク族なる私の父親もいました」


「なるほど、軸の迷宮は異世界転移を引き起こすって課長も言ってたな」

 その軸の迷宮の謎を解こうとしているのが課長達だ。彼らはある程度異世界転移の理を解明して、限定的にだが自由に異世界を行き来しているのだ。

「という事は、この世界ではオークとかエルフとかドワーフとかがウロウロ歩き回っているの?」


「いえ、一人もいません。私だけです」


 ん? マヒシャ君の声は暗く沈んでいる。あれ? さっき沢山の人が異世界転移してきたって言ってたよな?

「じゃ、お父さんは君とお母さんを残して故郷に帰っちゃった?」


「いえ、父は此処にいます」


 へ? どこだ?


「父達異世界から来た異形の者共は、川下からこの渓谷に追い詰められて全てこの地で討ち取られました。このワリンギルの大樹はその屍を糧に育ったものだとか」

 彼が聞いた話によると、その異界の人たちはあちこちで盗みを働いたり、女人を誘拐したりと色々悪さをしたらしい。

 いきなり異世界に転移してしまったら、そういう行動に出てる人たちが居ても仕方ない。追い詰められて死ぬか犯罪かになったら、手を汚す人もいるだろう。誰もが優しい人に救われるわけじゃない。

 それが5年前の事。悪者は皆殺しでハッピーエンド。ヒーロー物ならそこで終わりなんだけど、生き物は死ぬまでドラマが続く。悲劇喜劇関係なし、偉大な人物も凡庸な人物も死ぬまで生きるのが生物だ。

 拐かされた或る女性にはリアルなドラマが待っていた。

 彼女は妊娠していたのだ。

 その女性の名は分かっていない。ただ、お腹を痛めて産んだ我が子を殺せない女性であったのは確かだ。

 マヒシャは、乳飲み子の時にこの世界の寺の前に捨てられていたという。

 そして、オークは瞬く間に大きくなり、現在5歳のマヒシャ君は立派な体格をしている。5歳で大人か、そりゃ敬語も使うよな。それに話す言葉が普通じゃない。お寺でどんな教育を受けてたんだ?


「なるほど、、、」 

 いやいや、これはアカンな。俺には何もいえない。話が重過ぎる。

 俺に出来るのは話を聞くだけだな。

 ま、暇だしいいか。

「それで、立派なお坊さんになるために、ここで瞑想してたの? 偉いね。迷える衆生を救うためだよな」

 

「いえ、そんな大それた事は考えられません。私は自分の煩悩が抑えられなくて困っているのです。それで父が元いた世界では、オーク族はどのような生活をしていたのか知りたかったのです。私は貪欲に塗れて苦しいのです」


 なるほど。それで俺がオークと同郷か聞いたのか。


 それにしても、人生が苦しいのか、、、

 もちろん、俺だって辛いし苦しい。人生=無理ゲー の一人だしな。

 けど、なんかマヒシャ君の悩みは俺とは次元が違いそうだ。

 なんとか力になってやりたい。


「あのさ、俺でよかったら話してみなよ。悩みを話すだけでも違うぞ」

 なんせ、俺は暇なのだ。

 ここで、マヒシャ君の相手をしてたって良いだろう。

 言われた仕事は全部片付けてる。

 仕事が無ければ自分で考えろって? そんな戯言は俺は聞かない。

 俺にとって仕事とは給料をもらう為だけの存在だ。抜ける手は抜けるだけ抜く!出世なんて興味ない!余計なエネルギーなど絶対に使わない。


「ありがとうございます。実は私は性欲が尋常ではないのです」


 んん? 今、何て言った?


「一日中、まぐわいの事が頭から離れず、常に悶々としているのです」


 まぐわい って セックスだよな?


「最近では、妙齢の女性を見るだけで、もう、もう、、、」

 よほど思いつめていたのか、肩を震わせて語るマヒシャ君。最後は言葉にならなかった。


「そうか、気持ち分かる。分かるよ」

 俺はむせび泣くマヒシャ君を慰めた。

 

 思ったより、普通の悩みだった。

 こんな中学生いそうだな。

 しかし、それで触手を全身に絡ませているとは。

 まあ、オークの性欲って強そうだしな。



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