第3話 ワリンギル


「誰だ? 採取用の背負い袋を棚の上に置いたのは。嫌味かよ」

 というか、会社の備品だからキチンと整理しているだけだな。

 イラっとするのは俺の心の問題だ。

 俺は異世界に来た時から、姿が小人になっている。というか、異世界で研修を行っている7人は全員変化した。外見はもちろんだが、それぞれ特殊能力を身につけている。また、魔法も使えるようになっているが、どちらも訓練が必要だ。

 3週目の現在、7名の日本人はそれぞれの適正に合わせた修練を行っている。


 俺の異世界での身長は140センチほど、小学生3~4年くらいだろう。最初はがっかりしたが、今はそうでも無い。

 レアなスキルも手に入ったしな。それに、この身体も悪くないのだ。

 俺は、棚の傍にある踏み台を蹴っ飛ばした。不要だ。俺の今の身長だと踏み台など使い勝手が悪い。何しろ棚の高さは1.8メートルはある。これは課長ら異世界人達が長身揃いだからだろう。

 だから俺は、そのまま棚の下まで移動して屈みこむ。飛び上がらんと欲すれば、まずは屈するべし ってな。


「よっと」

 俺がジャンプすると容易く両手が棚に届いた。右手で棚に摑まり身体を支えながら左手で採取道具を手にする。

 小さく軽い身体に日本で保持していた成人男子以上の筋力と運動神経が備わっている。結果、この小人の身体は凄い身体能力を生み出すのだ。

 俺は棚に摑まりながら両足で壁を蹴った。

 軽くて小さい身体は反動で宙を舞い当然背中か頭から落ちる。だが、この小人の身体なら余裕だ。大きな採取袋を持っても関係ない。難無く空中でバク宙して着地する。

 ぶっちゃけ喧嘩したら日本での俺よりかなり強い。俺が回復役なのは俺に回復魔法の適正が有ったのと、俺とオオヌキさん以外のメンバーがもっと強いからだ。

 

 

「うわぁ、あっつい、、、」

 気温の安定しているダンジョンから外を出ると、そこは南国だった。

 温度も高いけど湿度も凄い。ここは植物の自己主張が激しい土地。多様な植物が群生しているので薬種も豊富だ。

 小人の感覚だと低木でも視界を遮る障壁だが、逆に小さい体が幸いして普通の人間だと通れないような場所でも歩ける。

 そして、俺には何故か薬になりそうな物がわかる。最初にレクチャーを受けた時から気が付いた能力だ。薬になる植物でも、その使用箇所は限られているし、薬効が高まる時期は違う。それに色々加工する必要もあるが、その道具は会社が揃えてくれている。

 こんなにアホほど植物が乱立していても今使える奴は限られていると言う事だ。

 

 俺は退屈しのぎに、ジャングルで採取を始めた。

 部屋の中で一人より、自然の中で一人の方が寂しくない。何も無い部屋で独りだと寂しくて死にそうだしな。 


 俺は一時間以上探し回ってようやく薬になりそうな植物を発見した。大木の根を拒む岩場に生えるハビの草の実だ。

 これは、会社の情報にもあった植物で春には可憐な花をつけるが、かなり毒性が強い。

 だから、俺はしっかり手袋をつけて採取している。こういった成分強い植物は毒にも、薬にもなる。どうせ暇だから、一工夫して新しい薬を作ってもいいな。

 何の薬になるのかな? あ、これとジュプンの粉を混ぜたらアノ薬とか作れるかな?どうせ暇だし、色々実験してやろう。


 夢中になっていた俺はいつの間にか渓谷に出ていた。

 俺の耳に水音が聞こえて来たのでそれに気が付いたのだ。この小人の身体は耳鼻も性能が良いらしい。そうじゃなかったら、俺は崖から下の川に落ちていた。

 そして崖に行ったら、船越の真似と下の見るのは人間の性だ。やらないわけにはいかない。

 そして、崖の端から下を覗いた俺は、河原に薬種になる樹を発見した。それは希少な薬になると課長から直接教わった植物、ワリンギルの樹だった。

 ワリンギルはこの世界にしか生息していない貴重な植物で、えもいわれぬ芳香で動物を誘う。近寄ってきた動物を触手で絡め取って拘束してしまうたちの悪い樹でもある。拘束された動物はそのまま養分となるらしい。

 だが、俺のスキルはその価値の高さが判別できた。崖の上から遠目に見てもだ。

 だったら、見逃す手は無い。

 こういう希少植物は山野に生える宝石だ。

 大金が落ちてるのと同義だからな。


 俺は、崖をカモシカのように移動した。ほぼ垂直の崖の僅かな足場を飛び移るくらい今の俺のスペックから見たら易々としたものだ。


「おお! おお!! ただならぬ神気!」

 俺が地面に降りたつや低く篭った声が響く。

「徒人にあらざるその姿。 いかなる御柱にございましょうか」

 その声の主はワリンギルの根元に居た。

「御顕現忝く。 わが願い叶えていただけるのでしょうか?」

 縋るような声は、はっきり俺を見据えている。


 俺はそれに一言も返答できなかった。

 ただただ、俺は固まっていたからだ。

 ワリンギルに囚われているその大男こそ、普通じゃなかった。

 彼は豚の頭をした大男だったのだ。


 それが彼、マヒシャとの出会いだった。 

 

 

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