第7話「夢」

 ……夢を、見ているのだろうか。

 

 石畳の道路に、煉瓦造りの建物、霧に包まれた姿は、古い西洋の遺跡の様。

 遠く、祭壇の様になった建物に、多くの人だかりができている。

 不思議、自分の体は無い様なのに、そちらを見ようと思うと、自然と視点が近づいて行く。


「――――ッ」


 群衆が叫びを上げる。言葉はわからないけれど、それが歓喜の類であることは、人々の興奮に満ちた表情から伝わって来る。

 自分の意思とは関係なく、視点が祭壇の上へと向いた。


 思わず、息を飲んだ。


 そこには、年端も行かない少女が、銀の飾り付けを施され寝かされていた。 

 透き通る様な白い肌に、輝く白い髪。無表情に開かれた瞳は、サファイアのように蒼い輝きを宿している。


 息を飲んだ理由は、その傍にある。


 一人の、巨大な鉈を構えた大男が、少女の前で、群衆へと雄々しく雄叫びを上げていた。

 後ろに控えた、神官の様な人々が打楽器を叩き、気分を鼓舞するような原始的な音楽が響く。


 ……ヤメテ、ヤメテ、ヤメテヤメテヤメテヤメテ!


 見せないで、これから起こることを、わからせないで、これから何が始まるのかを。


 私の想いを踏みにじるかのように、事態は進行していく。


 今までずっと流れていた音楽が、止まる。


 群衆の視線が一点に集まり、大男が鉈を天上へと振り上げる。


 嫌だ、止めて、見たくない、目の前で、この距離で、あんなに幼い女の子に、鈍い輝きを放つ刃が振り下ろされるところなんて。


 ああだけど、私の意思を無視して、私の視線はその一点を凝視して、目を閉じることも、振り払う事すらできはしない。


 振り上げられた刃が、勢いよく振り下ろされる。


 その軌跡が少女に辿り着くその寸前、少女の《ルビーの如く赤い瞳》が、私を見つめて、微笑んだ気がした。





「ん……ぅぁ、ぅ……」


 体を起こす、ぐっすり眠れた筈なのに、全身汗まみれで、まるで水泳の授業の後のように体が怠い。

 何か悪い夢でも見たのかな……凄く、胸のあたりがモヤモヤして、気持ち悪い。


 今日が日曜日で良かった、これが平日だったら迷わず休んでいたと思うもん私。


「朝ごはん、どうしようかなぁ……何か食べたらシルバーさんのところでも顔だそう……。」


 うー、頭が働かない、一体どんな夢を見てたんだろう私は、こんなに目覚めが悪いなんて初めてじゃないかな。

 まぁ覚えてないんだから仕方ないか、とりあえずごーはんごーはん、一人暮らしだと自分で作らなきゃいけないから大変だよね。


 冷蔵庫を漁って、卵や生クリームを取り出していると、突然玄関の呼び鈴が鳴った。

 

「はーい、今行きますよー。」


 こんな朝から誰だろう、宅配便とか頼んだ記憶はないんだけど。


「クローちゃん? もう起きてるかしら?」


 あ、シルバーさんか、この後行こうと思ってたから丁度いいんだけど、シルバーさんから来るなんて滅多に無いのに。


 鍵を開けて、シルバーさんを家の中へと招き入れる。


「おはよーございます、どうしたんですかシルバーさん?」


「んー、なんていうのかしらね、ちょっと気になったというか……昨日は色々あったでしょ? だから様子を見に来たのよ。」


 なんだろう、シルバーさんにしては珍しく歯切れが悪いような。

 まぁ、別に気にすることでもないか、ちょうどいいし朝ご飯でも御一緒しよう。


「なるほど、あ、ちょうど今から朝ご飯なんですけど、一緒に食べません?」


「あら、いいのかしら? ならちょっと待ってて、向こうから美味しいバゲットとレバーパテを取ってくるから」


 そう言ってシルバーさんは踵を返して、洋館の玄関へと歩き出していた。


 ううん、シルバーさんの家にあるのはどれも絶品なんだけど、となると私も中途半端な物は作れないな。


「よーし、気合入れて作るぞ……おっ?」


 あれ、足に力が入らな……


 唐突に意識が遠のいていく感覚に襲われながら、私は、フローリングの床へと倒れこみ、何が起きているかもわからないまま、意識を、手放した。

 

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