第5話

 エレシアさんのパスタは、絶品だった。

 ペスカトーレというと、魚介の生臭さを取るためにニンニクが多く使われがちなのが一般的だけど、これはニンニクは僅かに風味を感じるだけで、それでいて生臭さは全くない。

 魚介から出る旨味がトマトソースと合わさり、少し塩気を抑えたパスタに絡んで口の中一杯に広がる。

 具として入ったホタテ、エビ、ムール貝の火の通り具合も、食べてる間に予熱で固くなりすぎないよう、少し柔らかめに、ギリギリのラインで調理されて、歯をが食い込む感覚と、噛み切れた時の弾けるような食感が心地いい。


 そして何より、パスタだった。


 麺は一般的なスパゲッティより幅広のリングイネ、この湯で加減が本当に絶妙!


 まず口に入れると、トマトソースのフレッシュな香りと酸味が広がり、魚介の塩気と旨味は打ち寄せる波のよう。一噛みすればモチモチとした麺の食感が口の中をくすぐって、二度、三度と歯を立てていくとパスタ自身の小麦の甘みが広がり、飲み込んだ後にほんの僅かに香るガーリックが香ばしい。


 思わず、両頬がついているか確認してしまうくらいに美味しかった、今まで食べてきたパスタの中で間違いなくダントツだと思う。

 

「ふふ、お口にあったかしら?」


「はい……すっごく美味しいです!」


 シルバーさんと同じ納豆パスタを食べるエレシアさんの言葉に、私は素直な感想を返すことしかできなかった。

 あんまりにも美味しい物を食べると、語彙力ってなくなるんだなぁー。

 

 一口、また一口とパスタを頬張っていると、突然シルバーさんが一口分のパスタをこちらの口元に差し出して来た。


「ほら、クローちゃん、あーん?」


「ふぇぁっ!?」


 ボシュンッ!と音が聞こえた気がした、私の顔が瞬く間に赤くなるのが見るまでもなくわかる。

 

「あらあら、デートするだけあってお熱いのね?」


 エレシアさん、追い打ちはやめてください、既に顔から火が出そうなんですこっち。


 な、なんのことはないでしょう美園クロー、ただ食べさせて貰うだけです、別に恥ずかしくありませんよええ。


「あ、あーん……」


 恐る恐る、と言った体で口を開く、目は開けません、無理です恥ずか死にます。


「はい、あーん」


「ん……っ!」


 口の中に、僅かに独特の匂いのあるパスタが入る、緊張しすぎて味なんかわかる筈がないと思っていたのに、その美味しさに思わず目を見開いてしまう。

 納豆の苦味と甘みに、醤油と鰹出汁の効いたツユを、卵黄がまろやかに包み込んで、それをバベッテがしっかりと受け止めている。

 アクセントとして仄かなカラシとネギが鼻孔をくすぐり、納豆の匂いも程よい風味に抑えられていた。


「すごい……こっちも美味しいです。」


 シルバーさんが好物になってしまったと言うのも納得、さっきのペスカトーレと比べても甲乙付けがたい美味しさだった。


「ふふ、それじゃあクローちゃん?」


ん? なんだろうって、ええっ!?


「あー……ん」


「ええと、えと、うう……」


 そ、そういうことですか……そりゃぁ、お返しするのが筋というものですが……ええい、ままよ!


「は、はい……あーん」


 食べやすく巻いたパスタを、シルバーさんの口元に寄せる、うう、恥ずかしい……。


「あーん、ん、美味しいっ。」


 パスタを頬張ったシルバーさんが、満足げに微笑む、その顔を見ていると、まあ、悪くはないかなと、そう思ってしまった。


「ふふふ、間接キスね、お二人さん?」


「にゃふっ!?」


「エレシアっ!?」


 こんどは私だけでなく、シルバーさんまで真っ赤になって声を上げる、なにげにここまで狼狽えるシルバーさんって珍しいかもしれない。


「あら、自覚なかったのね、それはそうとクローちゃん?」


「ひゃい、な、なんですか?」


 少し声が上ずってしまったのは、さっきの発言だけでなく、エレシアさんが突然耳元に顔を近づけて来たからだ。


「あのね? シルバーが相手に合わせて服装変えるなんて、付き合いの長い私でも見た事ないからね?」


 え? それって一体どういう……


「エーレーシーアー?」


 あ、シルバーさんがあからさまにこっち睨んでる、怖い怖い。


「ふふ、本当からかいがいのある子達ねっ」


 エレシアさんが、まるで我が子を見守る

母親の様な笑顔を見せる。

 

 不思議なことに、酷く自然に見えて、この背の低い女性が一体幾つなのかすごく気になってしまった。


「クローちゃん、エレシアに年齢聞くと酷いことになるわよ……」


 過去の何かを思い出すように呟くシルバーさんと、それをみてニコニコ微笑むエレシアさんを見つめ、私は絶対に年齢を聞くまいと心に誓うのであった、まる。


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