第4話

 お品書き


・納豆ボロネーゼ   580円

・納豆カルボナーラ  600円

・納豆ペスカトーレ  700円

・納豆スープパスタ  490円

・納豆ハンバーグ   950円


    (中略)


・納豆トースト    300円

・納豆ご飯      200円

・納豆珈琲      100円

・納豆茶       100円

・納豆ソーダ     100円

・納豆フロート    130円


※ 納豆抜きの場合は追加料金として3800円お支払いいただきます。




 ……狂ってやがる。


 いけない、ちょっと意識がフェードアウトしてしまった、けど、ちょっとこれは酷すぎるのではないでしょうかー!!


「……シルバーさん、なんです?これ?」


「いや、私もエレシアの納豆推しは知っていたけど、ここまでは流石に予想外よ?」


 エレシアさんがメニューを置いてカウンターへ下がって行ったため、シルバーさんと二人、小声で眉を歪ませつつのおしゃべり開始。


 うーむ、いや、納豆を許容するならかなりオトクなんだけど、何ですか納豆ペスカトーレって、魚介の旨味と納豆の臭みがワーストマッチしそうなんですけど、無難なのが納豆トーストと納豆珈琲な気がする、納豆珈琲は前にテレビで見た気がするし。

 現在財布の中身は三千円ちょっとなので、納豆抜きを頼める余裕は無いのです、ガクリ。


「あ、クローちゃん? お金の事なら気にしなくていいから、遠慮せずに納豆抜き頼んでね?」


「え?」


 気にしなくていい?どういうことだろう、友人割引とか効くのかな?


「デートに来てるんだもの、ここは私の奢りよ、当たり前でしょ?」


 え、えええええ!?


「だ、駄目ですよそんな、悪いですって!!」


「悪くなんて無いわよ? 私はクローちゃんが美味しそうにご飯食べる、可愛いところが見たいの、だからそのくらいは当然当然。」


 そういうとシルバーさんは呼び鈴を鳴らしてしまった、あ、呼び鈴が本当に置き型のベルなんだ、お洒落。


「はいはーい、ご注文はお決まりですかー?」


 呼び鈴に呼ばれ、エレシアさんがメモを片手にテーブルの横にやって来た。あれ?さっきカウンターの奥にいたのに、なんだか気付いたらそこに居たような……ぼーっとしてたかな?


「決まってなかったら呼ばないわよ、というかエレシア、このメニュー他のお客さんに出したりしてないでしょうね?」


「あははは、流石に顔馴染み以外には出さないわよ、もっとも、顔馴染みからは、納豆抜きはその値段で払ってもらうけどね?」


 どんだけ納豆推しなんだろうこの人、シルバーさんの友人だけあって、やっぱりちょっと変わってる。


「まったくもう……それじゃあ、私は納豆卵パスタで、クローちゃんにはペスカトーレを納豆抜きでね? あと、珈琲は二人共納豆抜きの普通のを頂戴。」


 え、シルバーさんは普通に納豆パスタ食べるんだ。流石に珈琲はノーマルにしてもらうみたいだけど。


「ん、良くってよ、すぐに作るから、もうしばらく待っててね?」


 メモに注文を書き込むと、身を翻してエレシアさんの姿がカウンターの更に奥、厨房と思しき場所に消えていく。

 うーん、やっぱり見えては居るはずなんだけど、まるで掠れるみたいに、気がつくと場所が変わってる気がする、寝不足なのかな、私。


 それはそれとして、ちょっとシルバーさんに質問してみよう。


「シルバーさん、どうしてご自分は納豆パスタ頼んだんです?」


 私がそう切り出すと、シルバーさんは少し困ったような顔で笑った。


「恥ずかしいんだけどね、昔よくあの子が作ってくれていたから、好物見たくなっちゃったのよ」


 流石に自宅で作ろうとは思わないけど、と口元に手を当てて笑う姿は、なんだろう、何時ものシルバーさんとも、出会ったばかりの時とも違う、子供の頃に読んだ、物語の登場人物の様な雰囲気を感じてしまった。


 そっか、当たり前だけど、私が出会うより前に、シルバーさんは多くの人と出会っていて、色んな事を体験してきているんだ。


 自分の知らないシルバーさんがいるという事に、不思議と、嫌な気持ちはしなかった。


 シルバーさんは、あの洋館に一人で住んでいて、初めて会った時は、今みたいにコロコロ笑いもしなかった。

 私が遊びに行くようになってしばらくしたら、今みたいな態度になって来たけど、私が居なかったずっと前にも、そんな風に笑っていたんだなって事が、きっと嬉しかったんだと思う。


「おまたせー、こっち、クローさんにはペスカトーレ、シルバーには懐かしの納豆卵パスタね、それから珈琲二人分っと。」


 エレシアさんの明るい声が店内に響き、そちらに視線を向ける。あれ?ちょっと右側のお団子ヘアーが小さくなってる、何かあって髪の毛縛り直したのかな?


「…………」


 シルバーさんが半目になってるけど、どうしたんだろう? まあいいか。


 両手にお盆を載せたまま、器用に器をテーブルの上に物音一つ立てずに置いてゆく、珈琲カップをソーサーごと無音でテーブルに置く光景は、間近で見ても魔法みたいに感じてしまった。

 

「それじゃあ、ごゆっくり、二人共。」


 エレシアさんが微笑み、そう言って踵を返す、その背中に、私は気がつくと声をかけていた。


「あの、エレシアさんっ!」


「んっ、どうしたの?」


 突然声を上げた私に、エレシアさんだけでなくシルバーさんも驚いたようにこちらを向いた。

 つい大声になってしまったことに、恥ずかしくて縮こまりたくなる、けど、これはキチンと言葉にしないといけない。


「……あの、エレシアさんも、一緒に食べませんか?」


 シルバーさんとエレシアさんを交互に眺め、私はそう口にする。

 さっき、エレシアさんとの思い出を語るシルバーさんは、困ったように、けど、楽しそうに笑っていた。

 それはきっと、エレシアさんと一緒にいた時間が、大切なものだったからだと思う。

 互いに悪口が言えて、でも本心では相手を尊重していて、そんな関係の相手は、私にはいないけど、けど、それがとても美しい物だと、そう感じてしまったから。


 だから、エレシアさんにも、一緒に楽しんで貰いたいと思った。

 私の知らないシルバーさんの時間に、少し私も混ざりたいと、そんな嫉妬にも似た恥ずかしい気持ちも、ちょっとだけあるんだけどね。


「ふふ、そうね、一緒にどうかしらエレシア、他のお客さんもいないし、昔みたいに……ううん、クローちゃんもいるから、昔より賑やかね」


「……ふふ、そんなに言われたら、断れないわね、ええ、良くってよ、私の分も用意するから、すこーしだけ待っててね!」


 そう言って笑う二人の顔は、まるで幼い少女みたいで、絵本の中から飛び出して来たみたいだった。


 このお店は、私とシルバーさんの行き付けになりそうだと、そう、私は感じていた。


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