第3話

 土曜日、約束の日の目覚めは、あまり清々しい物では無かった。

 うん、純粋に、中々眠れなかっただけなんだけど。

 楽しみで眠れなかった、なんて小学生見たいな理由ではない。


 主に、シルバーさんのあの一言がいけない、なんですかデートって!


 嫌かと言われたら、そうじゃないけど。

 でもそもそも私達そんな関係じゃないし、確かにシルバーさんは綺麗な人だけど、本来は男性な訳で……あれ、デートなら男性でいいのかな?

 なにやら得体の知れない感情が湧き上がる気配を感じたのでこの思考はここでストップストップストーップ!


 一息


 ふぅ、そろそろ着替えて家を出ないと行けないかな、着替えは昨夜のうちに用意しておいたから、選ばなくても大丈夫。

 Aラインの白いワンピースに、薄い黄色のカーディガンを合わせてみる。そろそろ日差しも強くなってくる時期だから、白の帽子もかぶっていこうかな。

 ……もう一度繰り返すけど、楽しみで眠れなかった訳ではない、ないです。


 小さめの鞄にお財布を入れて、ちょっと背伸びするつもりで、ヒールの短いミュールを履いて家を出る、鍵を掛けるのを忘れずに……っと。


 外へ出ると、初夏になり始めの日差しが暖かい。しまった、日焼け止めも塗ってきた方が良かったかな、まぁいっか。


「あらあら、今日はオシャレさんなのね?」


「ふにゃっ!?」


 思ったよりもすぐ近くで声がして、慌ててそちらに視線を向ければ、すぐ前の道路でシルバーさんがこちらに手を振っていた。


「ふふ、おはようクローちゃん、待ちきれなくて早めに出てきちゃった。」


「おはよう、ございます……。」


 驚いた、急に声をかけられた事もだけど、その見た目にもっと。


 白のワイシャツに水色のチェック模様のプリーツスカート、肩には黄色のストールを纏ったシンプルな格好なのだけど、なんと言うか、普段のメイド服とのギャップが凄い。


 何時もは後ろで縛っている銀髪を下ろしているのは、シルバーさんなりの外出スタイルなのだろうか。


「ええ、それじゃあ早速行きましょうか、歩いて五分くらいらしいから、少しお話しながら、ね?」


 というか、女装してることに違和感を感じなかった私、もしかしてもう手遅れなのかな?。





 シルバーさんの言うとおり、歩いて五分くらいの所にできていた喫茶店、店名は「レムリア」って言うみたい……んー、何処かで見たような、家にあった神智学の本だったかな……?

 店内に入ると、扉に付いたベルの音が小気味よく響く。

 なんだろう、普通のファミレスとかのベルの音って結構やかましいイメージがあるのだけど、このお店のは、不思議なくらいに澄んだ音をしている気がした。


 店内はあまり広くない、店の外観でも思ったけど、何処かこじんまりとした、けれど狭く感じるわけじゃなくて、一つ一つの席がゆったりしていて、落ち着いた洋風の内装に、今では珍しいレコードから流れるクラシック……これは「悲愴」だったかな。


「いらっしゃいませ、お二人ね?」


 落ち着いた空気に思わず呆っとしていたら、店の奥から背の低い、一人の女性が歩み出てきた。

 ブラウンの髪を左右でお団子に結い、やや気の強そうな瞳は、今日の空のように澄みきったスカイブルー。

 水色のストライプシャツに、黒いエプロン、ボタンをキチンと留めた首元には蝶ネクタイが可愛らしい。

 見た目では私よりも幼く見えるのだけど、立ち姿から感じる雰囲気は、何処か妙齢の女性を思い起こさせる気がする。


「はぁい、久しぶりねエレシア、ガールフレンドとお茶しに来たわよ?」


 シルバーさんが軽く手を振ると、エレシアと呼ばれた女性は、一瞬キョトンとして、何かに気がつくと満面の笑みを浮かべ、シルバーさんに抱きついた。え?抱きついた!?


「ひっさしぶりーシルバー! ナニナニ?コスプレしてないからわからなかったじゃないの!」


「ふふ、今日はクローちゃんとデートだから、クローちゃんが一緒に居て恥ずかしく無いようにしてるのよ?」


 あ、シルバーさんがメイド服じゃなかったのって、私に気を使ってくれていたんだ。

 なんだろう、嬉しいような、むず痒いような、変な感じがする。


「へぇ〜、シルバーがねぇ……ふふ、良くってよ、ええ!」


 シルバーさんから離れると、エレシアさんは私の方に向き直り、笑顔で手袋を嵌めた右手を伸ばしてきた。


「貴女がクローさんね、私はエレシア。そこのオカマの古い友人で、ここの店主よ。」


 オカマと言われたシルバーさんのコメカミがピクピクしてるけど、そうした事を言えるのも友人ならではなんだろうなーっと。


「美園クローです、宜しくお願いします」


 こちらも笑顔で、その手を握り返す。手袋越しに握った右手は、なんだか少し硬い気がした。


「それじゃあ、奥の席に座って待ってて、メニュー持ってくるから。」


 案内されるまま、シルバーさんと二人、向かい合って奥の席に腰掛ける。

 きれいに拭かれたマホガニーのテーブルに、窓から射し込む日差しが暖かい。


 うん、いいお店だとおもう。落ち着いていて、音楽も心地いいし、きっと料理も美味しいに違いない筈。


「お待たせしました、メニューはこちらになります」 


 だけど、このメニューは、想定してなかったなぁ……。

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