青の廃墟( 4 )

 少女と違い、自分の名前は思い出せる。自分の住んでいるところも、好きな食べ物も、嫌いな食べ物だって覚えている。しかし、私の記憶に抜け落ちているところ。


 自分が、どのように生きていたのかが思い出せない。


 年齢、職業、友人、__家族。自分がどのような暮らしをしていたのかが思い出せなかった。


 パニックになりそうな私に気づいたのか、少女が話しかけてくる。


「すこし休みましょう」


 少女に手伝ってもらいながら、ゆっくりと、先ほどまでいた廃墟の壁に背を預ける。ふう、と息を吐くと、「少し待ってて」と言い残して少女はどこかへ駆け出してしまった。今の状況。自分のこと、少女のこと。そして、これからどうするのか。考えなければいけないことが多すぎる。頭痛がしてきそうだった。これ以上痛むところが増えるのも嫌だ。今は体を休めることに専念することにした。暫くすると、ぱたぱたと足音が聞こえ、少女が戻ってきた。

 

 手を見ると、白いハンカチを持っている。


「少し痛むかもしれないけれど、ごめんなさい」


 膝の傷口にハンカチをあてがう。どうやら水で濡らしてあったらしい。少し傷にしみたが、それよりも少女の純白のハンカチが赤く染まってしまうことに、罪悪感を覚えた。


 拭い終わると、少女が手を差し出す。先ほどの絆創膏をよこせということだろうか。私は絆創膏を手渡した。慣れた手つきで、傷に絆創膏を貼ってくれる。


 処置が終わると、私の横に少女も座った。そよそよと風に髪の毛がなびく。綺麗な景色を見つめているその目が、青みがかっていることに私は気づいた。廃墟の中では全てが青色だったせいで、気づかなかったようだ。


 一旦状況を整理したい、と少女に話しかける。自己紹介もしていなかった。自己紹介は、自分からするのが礼儀だろう。というより、少女は紹介する名前も思い出せていないのだったか。


 ゆっくりと、思い出していく。


「私の名前は、確か、アサギリ チトセだ。朝の霧、のアサギリに、漢字で千歳せんさいと書いて、チトセ。女の子っぽい名前だとよくからかわれるけど、気に入ってるよ。


 確か、と言うのは訳がある。君と同じように、私もいくつか記憶が飛んでいるらしい。自分が何歳なのかも覚えてない。けれど、きっと君と同じくらいの年齢なんだろうね。この格好だと」


 座った時に気づいたが、私もどうやら少女と同じように、どこかの学校の制服を着ていた。紺色のブレザー、白いワイシャツ、そして紺色のチェック柄のズボン。ブレザーとズボンに似たような色をしたネクタイもつけている。


 初対面の人と仲良くなるには言葉のキャッチボールが大切だ、と何処かの誰かが言っただろうか。


「君の名前はまだ思い出せないかい」


 相変わらず、表情を変えずに少女は口を開く。


「さっきハンカチをポッケに見つけた時に、一緒にこれも見つけた。どうやら私の名前」


 小さい手帳のようなものを開いて見せてくる。どうやら、生徒手帳のようだ。そこには、少女の顔写真と共に、名前が記されていた。


小鳥遊たかなし あおい。アオイ、という名前らしいわ。生憎あいにく、これが自分の名前だという実感は一切湧かないけれど。どうやら、高校二年生、17歳。住所とかも書いてあるから、これで家には帰れる。でも」


 皮肉めいた笑みを浮かべる。


「外に出ても、ここが何処なのかは全くわからないままね」


 空の青さが、少女の瞳をさらに青く染めている。

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