第22話 付き合うって何だ?
『何時から!? そのくらい決めなさいよね!』
『何怒ってるんだよ? 開店同時でいいだろ?』
『せっかくお店のある場所教えたのに、何も言ってこないからだよ! で? どこに何時!?』
『ちょっと待ってて、調べて教える』
確かに、店のありそうな場所を教わったまま、一縷は他の子に気を取られていたのだから、伊咲には少しだけ後ろめたい気がした。
慌てて地図アプリで居酒屋を見つけ、伊咲に送信。
『この店17:30からだって。ここでいいよね?』
『わかった。じゃああとで!』
意外に伊咲は気が短い。
まだ少し時間があったが、あの様子じゃ遅れると面倒なことを言われそう。中途半端になった舞と
選んだ居酒屋は黒い塀に囲まれた、なんとなく不気味な外観で、ここホントに居酒屋? と怪しげな雰囲気を漂わせている。おまけに外からは内部の様子を窺い知ることができないから、交通量の多いバイパス沿いでなければ入るのを躊躇するような店構えだった。
「ちょっと! ここ変な店じゃないでしょうねぇ!」
約束の5分前に到着した伊咲は自転車を降りるなり、不満な声を上げた。
「変って?」
「怪しい道具が置いてあるとか……?」
「お前…… 欲求不満なの?」
「しっ、失礼な!」
自分から変なこと言い出したくせに、伊咲は真っ赤になって否定し始める。そのことが逆に一片の真理を露わにしているようで、思わず一縷は大笑いした。
「まぁまぁ、そういうのがあったらあったで今後の参考になるから」
などと言いながら、彼女の背中を押して黒い塀の中に並んで入った。
が、中に入ると驚くほど普通の個室居酒屋で、まだ他に客は一組もおらず、「どこでもどうぞ〜」と大声で案内されてちょっと残念な感じになった。
「な〜んだ、普通」
伊咲のホッとした顔が可愛らしい。小学生の頃から見慣れているせいか特別な感情は湧かないが、客観的に見ると彼女は並み以上に美形だ。適当に選んだ個室で正面に向かい合うと、春先のことが遠い過去のこととして蘇った。
「ふたりで会うの久しぶりだな」
「えっ? そんなことあったっけ?」
一縷は自分が特に記憶力がいいとも思わないが、涼音といい伊咲といい、そんなに遠い昔のことでもあるまいに、簡単に過去を忘れたフリをする。
「部屋飲みだからあれは入んないか?」
「あ〜、あれか。あれは黙々とコロッケ食べただけだよね」
(覚えてるくせに…… )
「そうか、酒飲んでないな」
「飲んだら違ってたかもね」
「そうかもしれない」
そう口にするとふたりとも急に気づまりになり、一瞬、会話が途切れた。それを気にしたのか、伊咲が無理に話題を変える。
「明日のキャンプに
「うん。だって、去年の夏のメンバー全員に声かけたって、
「そうだよね…… なんか気が重いなぁ」
「なんで? 嫌いなの? 川崎?」
「そうじゃなくて…… 」
「ん? コクられたとか?」
「うん、何となくそんな感じ…… 」
「ふ〜ん」
ちょっと動揺した。伊咲は自分か、さもなくば未来と付き合うのだろう、そんな勝手な思い込みがあったのだ。
「女ってさぁ、コクられるとその相手と付き合ってもいいと思うものなのかよ」
この時、一縷は母親を念頭に置いて不愉快な顔をしていたのだが、伊咲はどうも違うことを思い出しているようだった。
「それは男も同じなんじゃないの?」
「そう? 男は自分が好きな相手じゃないと無理だと思うよ」
「それ絶対嘘だね!」
「なんで? オレは無理だけど?」
「それが一番嘘っぽいよ!」
「オレ? なんでだよ」
一縷は涼音のことしか好きじゃない、だから、伊咲、お前とはあの時、あんなふうにしかできなかった、そんなつもりで答えた。だが、伊咲が思い描いていたのは別のことだった。
「最近聞いてなかったんだけど、一縷は結局舞ちゃんと付き合ってるの? 付き合ってないの? どっち?」
そうだ…… 舞だ…… そう見える……はずだ。だが違う。そんなことを考えていたからか、一縷は言葉もなく黙り込んでしまった。
「彼女だけと付き合ってるんだよね? そうだよね?」
伊咲は念を押した。
付き合うってなんだよ!?…… 一縷はこの言葉の意味がイマイチ理解できていない。
「お前は川崎と付き合うのかよ?」
「都合が悪くなったからって話を変えないでよ! 川崎君とは付き合わないわよ」
「じゃあ未来と付き合うんだな?」
「付き合わないよ! バカじゃないの!?」
「じゃあ誰と付き合うんだよ」
「今、私のことは関係ないでしょ!」
確かに話がズレた…… だが、ムクムクと疑問が湧きあがる。
「そもそも付き合うって何だよ!」
「それは…… そういう約束をしたってことでしょ!……」
「なんだよ、その約束って? 結婚かよ?」
「そうじゃなくて、その人としか付き合いませんという約束だよ……」
「バカかお前は。その付き合うって意味を訊いてるんだよ!」
「…… 抱き合って愛を確かめることだよ! この鈍感男!」
「そういうことか。じゃあ舞とは付き合えないな」
「…… それ、ヤバい話だよ、多分」
「なんでだよ。オレはあいつとそんな気にはならない。でも、彼女のことほど大切にしてやりたい子はいない。一緒に話してて幸せを感じる子もいない。彼女が必要なことは何でもしてやりたい。夜通し傍にいてもいい。だけど抱き合って愛を確かめることはない。抱き締めてやれるけど、それ以上は想像できない」
「…… 不自然な男」
「不自然? なんで? 舞は誰より大切な友人でクラスメイト。お前は誰より大切な友人で幼馴染。夜通し傍にいてやれる。それのどこが不自然なんだよ?」
「少なくとも普通じゃないよ。男として変だよ」
「変?」
「絶対変!」
「変でも仕方ないだろ!」
と、その時、店員が焼き鳥を運んできて、話の腰を完璧に折られた。
◇ ◇ ◇
その後しばらく、明日のキャンプのことを話した。去年集まったメンバーはその大半が首都圏や関西圏で学生生活を始めており、伊咲によると大きく印象が変わった者もいるらしい。きっと話も噛み合わず、関心事もズレてしまったことだろう。もう集まって話をするのも聞くのも無駄のように一縷には思われた。そんな雰囲気を察したのか、
「ドタキャンとかしないよね」
そう伊咲に訊かれた一縷は図星を突かれてやや焦った。
「わざわざ帰ってきてそりゃないけどね。家にいてもイラつくだけだし……」
そう言う一縷を、伊咲は心配そうな顔で見つめた。一縷と母親の間に何かあるくらいの予想はついているのだろう。むしろ、カンのいい彼女はもっと真実に近づいていたかもしれない。だが、この話は一縷の気分を塞ぎ込ませるだけと知っている彼女は、また話を変えた。
「未来と
「お前、そういうお節介は絶対するなよ」
一縷は未来の気持ちを知らなさすぎる伊咲をもどかしく思った。
「花蓮は東京だろ? 夏休み限定かよ」
「それもそうだね」
「ちゃんと毎日会えなきゃ意味ないよ」
「毎日か…… 遠距離はダメ?」
「オレはダメ。未来のことは知らん」
「アハハハ、あんたのことは聞いてません!」
お前が未来と付き合ってやれよ、その言葉が危うく口を突きそうになる。だが、その言葉を一縷は飲み込んだ。
結局、その夜は21時に店を出て、自転車を押して並んで帰った。中学生の頃、伊咲と並んで帰った日々のことを一縷は懐かしく思い出していた。あの頃のままなら、伊咲と付き合っただろうか? そう思って彼女の横顔を見たが、暗くて表情までは読み取れなかった。
次の朝、8人で予定通り2泊3日のキャンプに繰り出し、一縷はイヤというほど日に焼けてアパートに戻って行った。
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