第34話 壊れた時計

時間を刻まない、

音を知らせない、

針がずれたまま止まっている。

 全部を刻み続けて何かを紡ぐのが人であったはずが、

刻む術を失っていくことがとてもかなしくもある。

 人間の世界が作られて魔物の世界は無くなる、

異世界に帰る時間、壊れた時計が指示している。

「かえろうかな」

この世に転生した魔物アンジュリィは、

自らが通った国がひとつ、またひとつと滅ぶのを眼にして、

因果を何か感じ取ったのか、去ることに意識を向けていた。

だがここもまた異世界、魔力が通用するとは限らない、

「かえれないのかなぁ」

彼もまた通り過ぎていくだけの名前だろうか、

過去を掘り起こせばいくらでも伝説がつくりだされる故に、

過去を振り返らなければここに立っているだけで物語の一員になれる。

「アンジュリィ」

「なんだい?」

「あなたもまた物語の一員なのね」

「ああ、そうさ、あんたもかい?」

「わたしは文士クラリイナ」「文士?」

「ええ、文章を紡ぐものよ」「変わった職業だな」

「ええとても風変りな職業」「どうしたいんだい?」

「できればもう少し冒険を」「続けろっていうのかい?」

「あなたが続けてくれるなら」「あんまり気乗りしないやい」

「アンジュリィ、お願いよ」「じゃあ仕方ないやね」

魔法で呼び出したわけでもなく、文士は唐突にものの名前を閃く才がある。

呼び名が分かってしまう、読んでしまうことによって出来る能力のひとつ、

みななにもかも読んでしまったので、さも能力ありげにしているが、

実際に読めるのは一行、それ以上を覚えておける能力は人間には無い。

ときどき思いをかすめるものが記憶とされているが、

人間は年をとるほど、若いほどに記憶力が確かなものではなくなり、

記憶術に頼っている故、一行に書かれた内容を正確に反芻することも難しい。

それほどに文筆において退化した生き物なのだ、人間は。

「アンジュリィ、どこへ行きましょうか?」「北に人がいるね」

「じゃあ北に行きましょう」「悪かないやね」

アンジュリィ一行は北に向かって冒険をはじめた、

途中、おおかみにクラリイナが襲われたがアンジュリィが食べてしまった、

ので、事なきを得た。「ありがとうアンジュリィ」「いいさこれくらい」

文士と一緒にいるものは運命が強くなる、文士と一緒に歩むものはほぼ強制と言っていいほどに運命に左右されてしまう、そんなこんなが嫌で文士に先を歩かせないことが法になってもいるが、結果とし、世界が停滞してしまうので、世界が自由に描くようにと文士に命じているのも事実なのだ。

 ただそんな自由など知る由も無いのが自然である、突然の嵐に身に着けた外套をはためかせて、今にも飛んでいきそうなクラリイナをアンジュリィは支えて歩く。

途中、一晩を過ごせそうな作業小屋があったのでここで暖を取る。

 「無事かい?クラリイナ」「無事よアンジュリィ」

 「だったらいいさ、無事ならいいさ」「北は想ったより遠いわね」

 「魔法ならひとっ飛びさ」「魔法なら、知ってるのアンジュリィ?」

 「簡単な魔法ならね、まそれは明日、今日は休むのさ」「そうね」

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