5.8 ジュメル
寛太郎に案内されて、奥に向かうと、そこに二つのドールが並んで座らされていた。
「あ、この娘達」
そこにいたのは、白銀のドール。
一体は額が欠けており、一体は復元されている。
「そっか、最後の魔法みたいに直ったのは、こういうことだったんだ」
「そういうことです」
ラストシーン。白銀のドールに破片をかざすと、暗転の後に傷もない状態に復元する。その正体は二体のドール。
その入れ替えによって実現されていた。
「ジュメル、と僕らはそう読んでいます。ジュメルというのは双子という意味なんです」
二つ並べてみれば、その同一性はさらに際立つのだが、見る限り、欠けている以外は、すべての点で同じであった。
「瑠璃丸さんが来るんだったら、ぜひ会ってもらいたいと思って」
「まぁ、劇の最中に十分見たけどな」
そう言いつつ、瑠璃丸は二体のドールに目を向けていた。
娘を見る父親のようにも見えるけれども、実際は、どうかわからない。ドール職人としての彼は、ドールの人格や精神を否定しているので、そういう感情が湧くかは疑問だ。
「どうですか?」
寛太郎は再度尋ねる。
「どうと言われても、な」
瑠璃丸は言いよどむ。
「ジュメルは、俺の作品の中でも、最も美しいドールの一つだ。まぁ、変わりない美しさであることを確認できたことは収穫だったな」
「うわぁ、ひさびさのナル男」
「事実なんだから、仕方ないだろ」
まぁ、きれいなのは認めるけど。
なんかむかつく。
「ただ」
と瑠璃丸は、ジュメルの欠けた方、その虚に対して優しく指を這わせ、本当に小さな声で呟いた。
「ずいぶんと表情が変わってしまったな」
その言葉には、憂いのような、悲哀のような、けれども、怒りなどではなく、むしろ優しさのような、慈しみのような、つまりは愛おしさを伴っていた。
変わった、と瑠璃丸は言う。
それは、瑠璃色工房にいた頃に比べて、ということだろう。
瑠璃丸から、寛太郎の手に渡り、そして、このたまうり劇団にやって来て、いくつもの舞台を巡り、そして、変わったと。
そんな精神論を、瑠璃丸は語ったのだった。
ドールを初めて見たときに美心が感じたもの。その面相に対して、伝わってきた暖かさ。その温もりを瑠璃丸も感じたのだと思うと、美心は少しだけおかしくなった。
「何にやけてやがる」
「別に」
「情緒不安定なのか?」
「情緒のないあんたよりはマシでしょ」
ドールとの再会の後、寛太郎から打ち上げへの誘いがあったわけだが、躊躇なく瑠璃丸が断った。
ある程度、予想していたようで、強くは誘ってこなかった。美心の方も、知らない劇団の打ち上げに参加するのは気が進まなかったので助かったといえる。
「また、ドールの依頼をしに行ってもいいですか?」
「ふん。俺の許可はいらないだろ」
そう言って、瑠璃丸は背を向けて楽屋を後にした。
「もう、本当に愛想がないんだから」
「そうですか? ツンデレだと思えば、けっこう愛嬌があるように見えますよ」
その解釈は、ちょっとむりだ。
挨拶をして、美心も楽屋を出ようとしたとき、寛太郎に呼び止められた。
「これを、瑠璃丸さんに渡してください」
渡されたのはSDカードだった。
「これまでの舞台とか、イベントとか、その他もろもろの写真が入ってます」
「これを瑠璃丸に?」
そんなものを瑠璃丸が喜ぶとは思えないけれども。
「ジュメルが写っているところだけ選別してあります」
「あ、なるほど」
やはり寛太郎はよくわかってらっしゃった。
「でも、どうして私に?」
「瑠璃丸さんに渡すと、そのままほったらかしにされそうで」
本当によくわかってるなぁ。
もう結婚すればいいのに。
そんなことを密かに考えながら、美心はSDカードを受け取った。
「瑠璃丸さんをよろしくお願いしますね」
私に頼まれても、と美心は苦笑して、それから、ふと思い出す。
「あの、一つ聞いてもいい?」
人形劇を見終わって、どうしても尋ねたいことがあったのだ。
「この話って、瑠璃丸がモデルよね?」
美心の問に、寛太郎はにこりと笑って応じた。
「さぁ、どうでしょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます