5.4 たまうり劇団

 聞き間違いだろうか。

 くるくると頭の上の旋回する寛太郎の言葉を、美心はボケっと眺めていたが、しばらくして脳内にすとんと落ちてくると、カッと赤面とした。

「お、おおおお、奥さん!? 誰が?」

「あ、あれ? 違いましたか?」

 美心の狼狽ぶりに、寛太郎は戸惑っていた。

「あんまりにも馴染んでいたので、もう結婚されているのかと思ったんですけど」

「お、お、奥さんじゃありません!」


 馴染んでる?

 誰と誰が?


 仮に美心と瑠璃丸が、そう見えたのであれば、すぐさま眼科に行った方がいい。

「そ、そうでしたか。俺はけっこうそういうの間違ったことないんですけどね。まだお付き合いされている段階でしたか」

「ぜんぜん違う!」

 間違い過ぎだ!

「私とこの人は、無関係! ただ同じ新幹線に乗って、同じ人形劇を見に行こうとしていて、同じお店に入っただけの、他人です!」

「た、他人ですか」

「他人です」

 念押しされて、寛太郎は意見を引っ込めた。

 まったく、男という生き物は、どうしてこうも鈍く、デリカシーに欠けているのであろうか。

 美心がぷんすかと怒っている一方で、

「そんなことはどうでもいい」

 瑠璃丸は一蹴した。

「俺は、おまえの劇団の名前なんて覚えていなかったから、今日、ここに来たのは偶然だ。まぁ、こいつが誘ってきた、という点はそのとおりだがな」

「誘ってない! 誘ってはいないから!」

 そこ、重要!

 美心と瑠璃丸のやりとりを見ていた寛太郎は、ぽりぽりと頬をかいた。

「ま、まぁ、わかりましたよ。とにかく見に来てくれたんだから、何でもいいです。でも、言ってくれれば、席は用意しましたのに」

 ……そこ、重要。

 なんということだ。瑠璃丸がこのことを先持って言ってくれていれば、買わずにただ見ることができたのだ。

 人形劇のことを知り合いから教えてもらった、というのは本当だが、チケット自体は、美心が購入している。

 いや、結局、聞けたとしても、購入した後だから、むりか。

 はぁ。今更、転売もできないし、おとなしく席で見るしかない。

「いや、俺達はもうチケットを買っているから結構だ」

 私のお金だけどね。

「それよりも、今日の題目を見る限り、は出るのか?」

 瑠璃丸の言葉を聞いて、寛太郎は、ぱぁっと笑った。

「はい、もちろん!」

 あまりに元気のいい返事に、見ている美心も何だかうれしくなりそうだった。

 ふと、瑠璃丸の方を見る。

「そうか」

 呟いた瑠璃丸の声は普段通りであったが、美心は驚く。

 へぇ、こんな顔をすることあるんだ。

 付き合いこそ、長くなりつつあるが、決して顔を突き合わせたことが多いわけではない。もしかしたら、美心が見たことないだけで、本来はこちらの表情の方が多いのかもしれない。

 それでも、美心が初めて見る穏やかな表情であった。

 寛太郎は、二言三言、瑠璃丸と会話を交わして、それから、場を離れた。この店は弁当も扱っており、彼は劇団員の弁当を購入しにきたらしかった。

 両手に弁当の袋を抱え、一度こちらに会釈してから店を後にした。

「感じのいい人だったね。劇が楽しみ」

「彼の性格と劇のおもしろさは関係ないだろ」

「関係あるわよ。いい作品というのは、いい性格が、……あ、そういうわけでもないか」

「おい、どうして俺の方を見る」

 わからないところが、救いようがないわけだけれども。

 そういえば、と美心は尋ねる。

「ジュメルって何なの? さっき言ってたわよね」

「あぁ、あれか」

 瑠璃丸は、少し考えるような仕草をしてから、ふふ、と悪そうな笑みを浮かべた。

「それは、見てのお楽しみだな」

 ……こしゃくな。

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