5.3 尋ね人

「たまうり劇団、ていう人形劇専門の劇団なのよ」

 背もたれに寄りかかりながら、美心はスマホをスクロールしていた。

「珍しいわよね。人形劇専門だなんて。正直言って、私はまったく知らなかったわ。でもホームページを見る限りけっこう有名みたい。いろんなところで公演してる」

「ふーん」

 瑠璃丸は、店の壁の棚に飾ってある牛の置物をつまらなそうにみつめていた。

 先に会場の近くまで向かおうと決めていた。その道の途中に、評判のいい牛タン屋さんがあり、そこでお昼を食べてから、午後一から始まる人形劇を見る算段である。

『まだ食べるのか』

 と瑠璃丸は呆れた顔を見せていたが気にしない。

 仙台に来て、牛タンを食べずに帰るという選択肢こそ愚の骨頂。絶対に食べて帰るという使命感から、美心はごり押しした。

 お昼よりも入店が早かったこともあり、難なく席に着くことができた。注文をして品が出てくるまでの時間に、こうして劇の予備知識を学習しているわけだ。

「今日の公演は、『心の破片』という題目。何だか重そうな題名ね」

 そう前置きして、美心はあらすじを読んだ。


『遠い遠い国、ドールの国に、アンジェリーナというドールがいました。彼女は、かつて国で最も美しいドールでした。しかし、彼女はある事件に巻き込まれて額の一部を失ってしまったのです。髪結師のエドワードは、心底哀しみ、諦めきれずに魔女に修復を頼みました。魔女は、修復の魔法をエドワードに授けますが、そのためには失われた破片が必要です。そこで、エドワードは、彼女の失われた破片を探すことにしました』


 読み終えて、美心は思う。

「ふーん。ラブストーリー? それとも探偵ものかしら。でも、あらすじで美しいというからには、アンジェリーナちゃんが、どれだけ美しいかに期待したいところね」

 ちらっと美心は瑠璃丸の方を見やる。

 ドールに関して、美しさ至上主義の立場に立つ瑠璃丸ならば、こういう言い方をして食いつかないはずがない。しかし、瑠璃丸は、さほど反応を示さなかった。

「そうだな。だが、この話はたぶんラブストーリーではないと思うぞ」

 視線をこちらに向けることもなく、瑠璃丸はそう言うに留めた。

「どういうこと?」

「さぁ、そう思っただけだが、少なくとも、この劇団は、そんな単純な話を作らない」

「え? もしかして、瑠璃丸、たまうり劇団のこと知っているの?」

 美心が尋ねると、瑠璃丸はだんまりを決め込んだ。

 知っているか、知らないかくらい素直に言えばいいものを。

 追求しようとしたとき、不意の声が舞い込んできた。


「瑠璃丸さん!? 瑠璃丸さんですよね!」


 びっくりしたのは美心だった。

 位置的に背後から飛んできた声であり、美心はどきりと体を縮こまらせた。

 察するに、瑠璃丸の知り合いのようだ。

 振り返ると好青年が、うれしそうな顔をして立っていた。短髪で背が高く、痩せ型である。年齢不詳であるが、付けている時計やネックレスを見るに、思ったよりも年齢は高いのかもしれない。

 当の瑠璃丸は、ちらりと青年の方を向いて、

「人違いだ」

 平然と嘘をついた。

 しかし、青年は、いっそう喜んでいる様子であった。

「そのそっけない態度、やっぱり瑠璃丸さんだ」

 どうやら、にわかではないらしい。

「俺ですよ。覚えていませんか? たまうり劇団の寛太郎です!」

 告げられて驚いたのは、やはり美心一人であった。


 たまうり劇団? 

 それって今から見に行く公演の劇団じゃないの!

 やっぱり知り合いなんじゃん!


 美心が非難の視線を瑠璃丸に送っていると、それに瑠璃丸は気づかないふりをしていた。

「知らん。帰れ」

「あぁ、懐かしいな。この塩対応」

 この人、打たれ強いな。

 寛太郎と名乗った、彼は、何を言われてもニコニコとしていた。瑠璃丸の暴言などBGMであるかのように。よほど、瑠璃丸と会えたことがうれしいらしい。

「あの、すいません、寛太郎さんでしたよね」

 輪の外にいるのが、好きではない美心は、無理やり話に割って入った。

「あ、はい」

「瑠璃丸のお知り合いなんですか?」

 性格が人懐っこいのか、寛太郎は警戒心なく美心の介入を認めた。

「そうです。俺はたまゆり劇団ていう人形劇をする劇団の団長をしていて、瑠璃丸さんには、そのドールの製作をお願いしたんです」

「えぇ!」

 知っているなんてもんじゃないじゃない!

 当事者じゃん。

 道理で、愛想のわるいこの男が仙台くんだりまで、人形劇なんて見に来るわけだ。ある意味、合点がいったのだけれども、そういうことは始めに言っておけよ、と思う。

「今日もこの近くで、公演をするんです。瑠璃丸さん達は、今から時間あったりしますか? もしよければ見ていってくださいよ。席なら用意しますから!」

「席を用意するも何も、私達は今日、そのたまうり劇団の公演を見に来たんですよ」

「え! 本当ですか! やった! ついに来てくれる気になったんですね」

「ついに?」

「えぇ。実は毎年、公演のチケットを送っているんですけど、まったく来てくれなくて、俺達も困っていたんですよ」

 なんと。

 この男ならば、たしかにあり得る。

 だが、しばらくの付き合いであるが、単に気恥ずかしかっただけなのではないだろうか。きっかけがほしかった。つまり自発的ではなく、強制的な理由で仕方なく人形劇を見に来たという形にしたかったのでは?

 そう考えると、しっくりくるのだが、理由にされた美心の方は、いささか不愉快である。

 じろっと睨む美心の心境などいざ知らず、寛太郎は、にこっと美心に笑いかけてきた。

「いやぁ、ありがとうございます、奥さん。瑠璃丸さんを連れ出してくれて」

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