5.2 牛タン

 どうしてこうなった?


 静かな新幹線の中で、牛タン弁当を箸で突きながら、美心は振り返っていた。

 知り合いからもらった人形劇のチケットを、ただ善意で、瑠璃色工房に届けに行っただけだ。

 決して、人形劇に興味があるわけではないし、瑠璃丸がいなければ転売してしまおうかとすら思っていたのに。

 思っていたのに、美心は、人形劇が開かれる仙台に向かうべく、東北新幹線はやぶさに乗っていた。

 それからもう一人、傷心(?)のドール職人、瑠璃丸が、流れていく外の景色を不機嫌そうな顔で眺めていた。

 こんな不機嫌そうにしているが、予想に反して、瑠璃丸は人形劇に興味を示した。提案しておいてなんだが、絶対にごねると思っていたのだが。

 理由を説明する気はないようで、

『行ってもいい』

 と一言呟くに留めた。

 しかしながら、美心と行くということには、難色を示した。

 その点においては、美心も同感だった。行くならば、一人で行けばいい。この男ならば、一人で劇を見ても楽しめるだろう。一枚余るのであれば、ネットオークションにでも出品しよう。

 だが、直登から頼まれ、渋々と美心も同行することになった。

 直登曰く、

『瑠璃丸さんを一人で仙台まで行かせるなんて心配過ぎて出来ない』

 だ、そうだが、美心は当然思う。


 瑠璃丸、子供か。

 そして、直登くんはお母さんか。

 母性溢れすぎでしょ。


 言わんとするところはわかるのだけれども、だったら、他に頼める人がいるんじゃないの、と美心は思った。

 しかし、提案者であるがゆえ、どうにも断りづらく、直登の頼みということもあり、結果、こうして瑠璃丸と新幹線に乗っている。

 改めて、疑問に思う。

 何やってんだろう、私。

 一口、ぱくりと牛タンを頬張り、美心はその弾力を感じながら、釈然としない気持ちを一緒に咀嚼した。

「瑠璃丸は、朝ごはん食べたの?」

「来る前にな」

「へぇ、何食べたの?」

「それを知ってどうする?」

 この男、日常会話とかできないのか?

「別に、どうもしないわよ。ただ聞いただけ」

 ふん、ともう一切れ牛タンを食らう。それにしても、おいしいな、と美心は牛タンを噛む。噛んだときに溢れる肉汁が、口の中に広がって、ご飯がぐいぐいと進む。

 炭水化物を抑えている美心としては、デンジャラス極まりない弁当である。

 牛タン弁当、侮りがたし。

 ふふふ。

 一人ほくそ笑んでいると、隣からぼそりと呟きが聞こえた。

「クロワッサンとボイルドエッグだ」

「え? バン派なの?」

「米を炊くのが面倒なだけだ」

「私は断然、米派だけどね」

「聞いてない」

「クロワッサンとか、もしかして焼くの? 窯で?」

「そんなわけないだろ。パン工房の窯と一緒にするな」

 その違いは、美心にはわからないけれども。

「☓☓駅から近いところに、やなせ、というパン屋があるんだ。そこのパンは、たいてい食えたもんじゃないんだが、クロワッサンだけは絶品でな」

「ちょっと待って? ☓☓駅? あんた、出不精だと思っていたけれど、隣町までパン買いにいくの? 意外だわ」

「? 何を勘違いしているのかわからんが、うちの最寄り駅は☓☓駅だぞ」

「え? 〇〇駅じゃないの?」

「おまえ、あんな遠くから歩いて来ていたのか?」

「だって、地図アプリで見たら、この道が最短だって」

「それは知らんが、☓☓駅の裏から抜けて、山道を登れば十分で着くぞ」

「ガガガガビーン!」

 突然の真実に美心はよくわからない擬音を口にしてしまった。

「ガチか。もう、もっと早く教えてよ」

「俺の知ったことじゃないからな」

「せめて、ホームページに載せておいてよ」

「そんなことしたら、瑠璃色工房に辿り着く奴が増えてしまうだろ」

 そういえば、そういう男だった。

 こればかりは瑠璃丸がわるいわけではないのだが、なんとも釈然とせず、美心は再び牛タンを頬張る。

「なぁ、おまえ、何で牛タン食っているんだ?」

 珍しく瑠璃丸の方から尋ねてきた。

「え? だって仙台に行くから。仙台といえば牛タンでしょ?」

「そうだが」

「あ、一口ほしいの?」

 あげないけど。

 すると、瑠璃丸は呆れたように頬杖をついた。

「牛タンは仙台が有名なんだから、仙台で食った方がいいだろ」

「……う!」

 言われて、美心は弁当に目を落とす。

 たしかにうまかったが、仙台で食べるときは、おそらく焼き立てである。その感動を最大にまで高めたければ、ここで牛タン弁当を食べてしまうのは愚策。

 ごくりと美心は息を呑み、食べかけの牛タン弁当に目を落とし、それから、瑠璃丸の方に笑いかけた。

「瑠璃丸、お腹空いてない?」

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