4.7 街灯
外に出ると、すっかり日も暮れていた。
「ちょっと、本当に大丈夫なの?」
ドールを抱えて、美心はおどおどと後をついてきた。
「大丈夫だ。俺を誰だと思っているんだ?」
「世界一性格のわるいドール職人でしょ」
「……てめぇ」
しれっと顔を背ける美心を、瑠璃丸は睨みつける。
「何が大丈夫なんですかね? 瑠璃丸さん」
その間に入ってきたのは、直登の貼り付けたような笑みであった。
「ね? 瑠璃丸さん。どの辺が大丈夫なんですか? ね?」
「いや、その、あれだよ」
「どれですか?」
にこーっと笑う直登から、瑠璃丸は視線を逸らした。
「いやー、びっくりしましたよ。いつから、今日の目的がシャルルさんに喧嘩を売ることになったんでしょうね、ね?」
「あれは、シャルルの方から」
「今日のコンクールは大事だって言いましたよね? 今後の販売戦略もあるから、ここいらで国内コンクールで賞がほしいって、ね?」
「それは、直登の都合で」
「僕らの都合でしょ?」
「そうだが」
「出るって決めたとき、言ってましたよね? こんなしょぼいコンクール、俺の手にかかれば受賞間違いない。俺を誰だと思っているんだ? って」
「……言ったかもな」
「で? 誰なんですか? あなたは誰なんですか? 瑠璃丸さん?」
ぐぬぬ、と瑠璃丸が口を閉ざした。
微妙な沈黙の後に、ぼそりと美心が呟いた。
「だから、性格悪い選手権一位でしょ」
「……はぁ」
直登があまりにも深い溜息をつくので、さすがに瑠璃丸も何も言わないわけにはいかなくなった。
「まぁ、わるかったよ」
「いえ、もういいです。いつものことですからね」
直登は、ぐっと背伸びをしてから、再度、力なく笑い直した。
「それに、僕もむかつきましたし」
「だろ?」
「えぇ」
「私もー」
「「それは知ってる」」
瑠璃丸は、少しホッとして肩の力を抜き、そして、直登と美心を連れ立ち、長く細い夜の歩道を歩いた。
「明日からのことは明日から考えますよ。とりあえず、今日はパッと飲んで食べて、忘れちゃいましょう」
「そうするか。いつものフレンチでいいか?」
「いいですよ」
瑠璃丸と直登が、夕食の相談をしていると、横で美心がじとーっとこちらを窺っていた。
「いいなー」
「もちろん、美心さんも行きましょうよ」
「え! いいの!」
「そりゃ、そうですよ。なんといっても、今日の功労者ですからね。ドールのコンクールなのに、おそらく、いちばん目立っちゃってましたよ」
「え? そ、そうかなぁ。やっぱ、モデルのオーラが出ちゃってたかなー」
「完全に悪目立ちだったがな」
「うっ!」
美心が肩を落とすのを傍目で見ながら、瑠璃丸はもう一言加えた。
「ま、ドールを救ったことには感謝するよ」
「「え?」」
瑠璃丸は何気なく言ったのだが、直登と美心は大げさに驚いて見せた。
「今、瑠璃丸、褒めたよね、私のこと」
「えぇ、感謝するなんて言葉、初めて聞きましたよ」
「天変地異の前ぶりかな」
「明日は槍が降りますね」
「……おまえらなぁ」
まったく、と瑠璃丸は頭をかく。
「奢ってやんねぇぞ」
「もう、冗談ですよ、瑠璃丸さん」
すぐさま手のひらを返す直登は、いつもどおりであった。
「え? 奢ってくれるの? フー! 瑠璃丸、フー!」
「おまえは帰れ」
「何でよ!」
ぎゃーとうるさい美心を直登が宥めている中、瑠璃丸は前へと歩いた。夜になると息が白む季節になってきた。見上げると、ドールの顔面のようにぽっかりと月が浮いている。
街の中から見れば、光が淡く滲んでいて、クレーターが表情のようだ。そこから深い夜のドレスが一筋覗き、そのドレスに街灯がきらきらと溢れんばかりに散りばめられている。
次は、こんなドールを造ろう。
久しぶりに晴れやかな気分で、瑠璃丸は一歩を踏み出した。
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