4.5 No.13

 展示会上の時間は止まっていた。

 それは、シャルルが13番のドールの前で、足を止めて動かないからであった。通訳は困ったように、どうしたのですか、と尋ねている。だが、シャルルは難しい顔をして応じない。

 しばらくして、シャルルは口を開いた。

「このドールを造った者は、どこにいる?」

 シャルルの言葉に一部でざわめきが生じる。

 彼のフランス語がわかる者だけが周りを見まわし、そして、解さない者はぽかんと呆けている。

 通訳は、どうするべきか迷ってから、近くにいた運営に状況を告げた。運営は、通訳を通じて返答する。

「ミシェルさん。公平のため、審査を終えるまで職人の名前は伏せる規則です。どうかご理解を」

「そんなことは、私の知ったことではない!」

 平然と言い放つシャルルに対して、いや、知っておけよ、と瑠璃丸は心の中で突っ込みを入れた。

 シャルルの怒気に、言葉のわからない連中も、何かが起きていることを理解したようだった。

 展示会場が騒然としてくる中で、瑠璃丸はゆっくりとソファから立ち上がり、シャルルの前へと歩み出た。

「俺のドールだよ。シャルル」

 向い立つと、シャルルは想像よりも小さく感じた。

 病室で対峙したあの日から、何度か、こうやってコンクールや展示会で会ったことはある。その度に、彼の大きさに、その巨体だけでなく、ドール職人としての偉大さに身を竦めたものだったが、いつの間にか、見越せる大きさへと変貌していた。

 それは、瑠璃丸の成長のせいなのか、それとも、シャルルの加齢のせいなのか。判別はつかないが、瑠璃丸は気後れすることなく、彼の前に立った。

 以前は歯牙にもかからなかった。

 これは二度目の雪辱戦。

 その一撃は、確実にシャルルに届き、今、この状況を造った。

「……小僧」

 シャルルは驚かなかった。

 彼は、この作品が誰の手によるものかわかっており、それで呼び出したのだから、当然ではあるが。

 再会を喜ぶようなことを彼はしない。言ってしまえば、瑠璃丸の存在は、クレトの喪失と同意なのだ。瑠璃丸を憎むことは筋違いであっても、認めることは断じてない。

「私は言ったはずだ。おまえには才能がない。父の名を汚す前に、ドール職人などはやめろ、と」

「5年も前の話だ。才能がないと言われた俺は、コンクールで賞をとった」

「審査員がへぼだっただけだ」

「世界中に顧客がいる」

「才能とセールスは違う。そんなこともわからないのか?」

「いいや、それはあんたの驕りだ。俺のドールは美しい。だからこそ、コンクールでは賞を取り、多くの人が俺のドールを求める。そして、あんたも、だ」

「私が、何だと?」

「俺のドールの美しさをわかっているんだ。けれども、認めたくない。自分が一度否定したものを認めるのが怖いんだ」

 瑠璃丸が胸を張ると、シャルルは一度、ドールに目を落として、それから、ふんと鼻で笑ってみせた。

「これが美しい?」


 どこかから、小さく悲鳴が上がった。


 シャルルがドールの胴体を鷲掴みして持ち上げたのだ。

「こんなものが?」

「その手を離せ!」

 叫ぶ瑠璃丸を気にする風もなく、シャルルはドールを乱暴に扱う。

「なるほど、一通りの技巧は学んだようだ。ドールの形を成している。腕と足が二本ずつあって、頭がついている。目も二つ、耳も二つ、おっと、ちゃんと口は一つになっているな、関心だよ」

 ハッと吐き捨てて、シャルルは言った。

「バカバカしい。人を象っていれば、それでドールだと思っている。美しいなど、その遥か先にあるというのに」

「何が言いたい! 俺のドールは!」

「俺のドール?」

 シャルルは嘲るように笑った。


「クレトのドール、そのままではないか」


「……!」

 瑠璃丸は口を開いたが、言葉を紡げずに、閉じた。

「この頬のラインも、指の形も、胴体の流線も、髪の質感、色合い、装飾にいたるまで、すべてがクレトの劣化コピー。見るに耐えない粗悪品だ」

 シャルルは、瑠璃丸を見据えた。

「美しいと勘違いする者もいるだろう。だが、多くの者は気づいたはずだ。美しいものに似ていると。ただ、その技巧を真似しただけのドールのいったいどこに美しさが宿る?」

「何がおかしい! 俺は彼から学び、その技巧を継いだ!」


「継ぐことなどできん!」


 シャルルは声を荒げた。


「おまえにはできない! できていない! それがわからないから、おまえは無能だというのだ! このドールを見て、あの美しさに遠く及ばないことに気づけない時点で、おまえにドール職人を続ける資格などない!」


 再び悲鳴があがった。

 瑠璃丸は、その行動を理解できなかった。

 激昂したシャルルは、ドールを放り投げたのだ。

 その光景は、遠い日の病室を思い起こさせ、窓から吹き込む風と、床に散らばるドールの破片と、父の蒼白な笑顔が、槍のように瑠璃丸を穿つのだった。

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