4.3 シャルル・ガストン・ミシェル

 巨匠――シャルル・ガストン・ミシェル


 ドール職人で、彼の名を知らない者はモグリだろう。

 シャルルの織りなすドールは、あまりに洗練されており、そして美しく、ドール界の一時代を築いたといっても過言ではない。

 そのシャルルが、急遽、ササハラ・コンクールの審査に参加することが決まり、今回のコンクールは一気に注目を集めた。

 オーディエンスの多さは、彼が理由であった。

 白髪の混じった金髪がライオンのたてがみのように波うっており、北欧人の彫りの深い顔立ちに、年相応の皺が刻まれた老人だ。

 ただ背筋が伸ばされているせいで、実際の年よりも若く見えた。むしろ写真で見た時よりも、若返っているのではないかとすら思える。

 もはや、妖怪だな、と瑠璃丸は毒づいた。

「あ、サイトに載っていたおじいちゃん」

「巨匠・シャルル、世界一有名なドール職人ですよ」

 美心の気の抜けた言葉に、直登は苦笑する。

「あ、知っている人だ。前に持っていったドール造った人だよね?」

「そうですよ。よく覚えていましたね」

「え? 生きてたの?」

「生きてますよ。まさに生きた伝説なんですから」

「おー。すごーい」

 そう言いつつ、美心はスマホで写真を撮ろうとしていた。

「ちょっと、美心さん。写真はだめですよ」

「え? だめ?」

「当たり前だろ。常識がないのか」

 瑠璃丸はため息をつく。

「た、たしかに。……でも、瑠璃丸に常識を諭されるなんて」

「明日は槍が降るかもしれないですね」

「……おまえら」

 唖然とする二人を前に、瑠璃丸は拳を見せた。

「えー、じゃ、瑠璃丸のドールも写真撮れないじゃん」

「展示が終わった後で、時間を作りますよ」

「え? 本当? ありがと、直登くん」

「余計なことを」

 与太話をしている間に、シャルルは会場の中へと足を踏み入れていた。

 展示会場のドールの前にネームプレートがない理由はこれである。日程調整の結果、どうしてもシャルルの来日が間に合わず、午前中の審査に参加できなかったのだ。

 ゆえに、シャルルには特別賞を選んでもらうことになっていた。

 つまり、彼が会場に入った瞬間に、世界最高峰のドール職人による審査が始まったということになる。

 出展者であるドール職人達が緊張するのも頷ける。


 そして、まさに瑠璃丸が待っていた機会。


 あのシャルルに、自らのドールを魅せつける、そのとき。

「何だか空気が変わったね」

「そりゃ、そうですよ。あの巨匠、シャルルが審査するんですから」

 直登が声を潜めて言った。

 シャルルは通訳と何人かの運営を引き連れて、出展されたドールの間をゆっくりと歩いていった。

 ときおり足を止め、通訳に話しかけていた。

「あ、やっぱり4番の前で止まった。あれはきれいだと思ったのよねぇ。あのおじいちゃん、よくわかっているわ」

「美心さんは、物怖じしませんね」

「えっへん」

 褒められてはいないぞ。

 皆が、息を呑む中、審査は粛々と進んだ。あるドールは素通りされ、あるドールには首を傾げ、あるドールの前では腕を組んだ。

 それと同調するように、周りで審査されたドール職人が一喜一憂する。この場にフランス語がわかる者は少ないだろうから、実際の評価はわかっていないだろうが。

 しばらくして、シャルルは、あるドールの前で足を止めた。

 その反応に、周囲のスタッフが驚いていた。

 はっきりと、シャルルは顔を顰めたのだ。

 他のドールに対するものとは桁が違う。もはや、それは憎しみにも近い、強い感情であり、空気が震えるのではないかと思えるほどであった。


「まだ、こんなものを作っているのか」


 聞き取れない程小さな声だったが、シャルルの篭ったフランス語の呟きを、瑠璃丸は確かに聞いた。


「小僧め!」

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