4.2 来日

 あからさまに怪訝そうな顔をして、瑠璃丸は尋ねる。

「何しにきたんだ? ここにラーメンはないぞ?」

「応援しに来てあげたって言ったでしょ」

 美心は、ぴくっと眉を動かし、腕を組んだ。

「もう。少しくらい感謝してよね」

「勝手に来ておいて、押し付けがましいやつだ」

「こんの、ひねくれもんめ……」

「それよりの方はいいのか?」

「あの男? あぁ、有馬のこと?」

 あまり気にする様子もなく、美心は話した。

「担当を変えてもらったわ。あの後、社長に言ったら、前の子からも同じような苦情があったんだって。だったら、先に言っとけって思ったけれども、まぁ、それはいいんだけど、とにかくその日の内に変えてくれたの」

「そうか」

「ふふふ、心配してくれるの?」

「いや、今日もまたあんなことになったら、たまらないと思ってな」

「……まぁいいわ」

 美心は、むつかしい顔を一瞬浮かべたが、すぐに気を取り直して、展示会を見まわした。

「圧巻ね。どこを見てもドール、ドール、ドール。一通り見て回ったけれども、どれも素敵なドールばっかり」

「当たり前だろ。ドールのコンクールだぞ」

 瑠璃丸が呆れた声で答えるが、美心はどこふく風といったように辺りをきょろきょろ見ていた。

「ねぇ、コンクールってドレスコードがわからなかったから、無難な格好をしてきたんだけど、少し地味過ぎたかな?」

「何を気にしているんだ?」

 まったく、何を見ていたのかと思えば、来場者を見ていたらしい。美心の視線の先には、ドレスを着込んだ女性が談笑していた。

「ほら、ピアノのコンクールとかだときれいな身なりをしていくじゃない?」

「馬鹿か、おまえは」

 再度ため息をついて、瑠璃丸は諭す。

「これはドールの祭典だぞ。ドールよりも目立ってどうする」

「あ、言われてみれば」

 納得した顔を見せる美心に対して、瑠璃丸は一言付け加える。

「まぁ、おまえがどんなに着込もうがドールに敵うとは思えんが」

「なっ! そんなことないし!」

「フッ」

「鼻で笑うな! いや、本気で敵うし。もう圧勝だから」

「わかった、わかった」

「うわっ! むかつく! ちょっと待ってなさいよ! 今、本気の時の写真を見せてあげるから!」

 美心はムキになって、スマホの画面とにらめっこし始めた。

 だが、どれほど着飾った写真を見せられたところで、その中心に人がいる以上、ドールに敵わないのは自明なのだ。

 美心が、人の中でいくら美しかろうと、人であるゆえに、美の真髄には届かない。そこに辿り着けるのは、人という汚濁を切り離したドールだけ。

 ドールの祭典というのであれば、人はもう少し謙虚になるべきだ。

 ドールよりも目立つ服装をしてくるなんてもっての他。その点、美心は偶然わきまえた格好をしてきたわけで、瑠璃丸は密かに評価していた。

 ただ、口に出さないのだから、美心には伝わるわけもないが。

 見かねた直登が、宥めに入った。

「ほらほら、美心さんも怒らないで。美心さんがきれいなのはみんな知ってますから」

「でも、こいつが!」

「もうすぐ審査結果が発表されるから、ぴりぴりしているんですよ」

「うぅ、そうなの? それなら、まぁ、仕方ないけど」

 まだ納得いかないという顔をしていたが、美心は、渋々押し黙った。

 直登の言うことは半分正しく、半分間違っている。

 審査結果がもうすぐ発表されるというのは事実だ。一般公開を中断して、午前中に審議された結果の発表が行われる。

 それを心待ちにしてか、しないでか、職人や関係者がそわそわとし始めていた。

 だが、瑠璃丸は別に気にしていない。

 コンクールの結果などに、瑠璃丸は興味がない。そんなものは、もののついで、だ。このコンクールに出展しなくても、瑠璃丸は自身のドールが最も美しいと自負している。

 よく知らない専門家の評価などいらない。

 瑠璃丸の目的は別にあった。

「で、どうなの、戦況は? 勝てそうなの?」

「戦況と言われても……、どうなんですか? 瑠璃丸さん?」

「俺に聞くな」

 どういうルールなんだ?

「審査は午前中に終わっているんですよ。今は、その結果発表を待っている時間なんです」

「そうなんだ。他のドールを見るかぎり、瑠璃丸、優勝できるんじゃないの?」

「他のドールって、俺のドールがどれかもわからんくせに」

 ドールは展示されているものの、ある事情から誰の作品かを表示していない。

 かろうじて番号がふられているだけだ。

 ただ、その事情は一般客には関係がないので、一般公開の間、特に伏せていろとは言われていない。だから、名刺を置いている者もいるが、当然、瑠璃丸は、そんな面倒なことしていない。

 つまり、美心には、瑠璃丸のドールがどれだかわからないはずだ。

 しかしながら、美心の方は腰に手を当て、ムッとかるく頬を膨らませる。

「もうバカにしないでよ。私、瑠璃丸のドール一体持っているんだから、わかるに決まっているじゃない」

 そう言って、美心は中央の台のドールを指差す。

「13番でしょ」

 ハッとして、瑠璃丸と直登は目を合わせる。

「おー、すごい。美心さん、当たりですよ。これはうれしいですね、瑠璃丸さん」

「ふん、当てずっぽうだろ」

「30分の1なんですけど。実力なんですけど。すごいんだったら褒めてほしいんですけどー」

 じとーっと見てくる美心から、瑠璃丸は視線を逸した。

「どや顔がむかつく」

「ふふふ、どやー」

 あ、マジでむかつく。

 それにしても、よくわかったものだ。瑠璃丸は、素直に驚いていた。コンクールはあまり好きではない、とは言ったものの、今年のコンクールはレベルが高い。

 瑠璃丸でも、唸る作品がいくつかある。

 さらには、作風が似てくるものもいくつかあり、特に名の売れている瑠璃丸の作品は追随されており、こいつパクってんな、と思われる作品も少なくない。

 その中から瑠璃丸の作品を選んだわけだが。

「だって、見ればわかるじゃん」

 と美心は言う。

「むしろ、見てもわからない程度の作品だったら、市販の量産品と変わらないじゃない。そんな作品しか作れないなら、ドール職人失格でしょ」

「その点は同意だな。そういう職人は、職人をやめた方がいい」

「ちょっと、二人共。あんまり大きい声で言わないでください。見たかんじ、そういう職人さんも何人かいるんですから」

 何気に一番失礼なことを言う直登であった。

「でさ、そろそろ始まるの? 結果発表。何だか人が集まってきたみたいだけど」

 美心が周りをさっと見まわす。

 たしかに展示会場には、ぞろぞろと人が集まってきていた。皆、どこか心ここにあらずといった面持ちで、緊張感すらあった。

 だが、

「いえ、結果発表はまだですよ。これは」

 直登の説明を待たずして、その理由は、展示会場の入り口の奥のざわめきとなって現れる。

 瑠璃丸が、本コンクールに出展した本当の理由。

 巨匠、シャルルが到着したようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る