4.1 ササハラ・コンクール

 コンクールというのは、どうしても好きになれない。

 展示会場の隅のソファに瑠璃丸は不機嫌そうな顔で座っていた。

 そもそも人の多く集まる場所は好きではない。しかも、ここに集まるのは、ドールの好事家、もしくは職人、批評家ばかりだ。

 そこに碌な奴がいないことを、瑠璃丸はよく知っていた。

 おそらく、ドールを造るときに、自らの美しさを削ぎ落としたのだ。削ぎ落として、練り込んで造られたドール達が、展示会場に陳列されている。

 そして、その残りカス。

 醜さだけを内包した職人達が、目をギラギラさせて展示会場をうろついていた。

 その醜さが、ドール達の美しさを、いっそう際立たせるのだが。


 醜いものは醜い。


 コンクールとはいうものの、寸評自体は既におおよそ終わっている。

 現在は、展示期間だ。審査員や参加者以外の一般人が訪れており、コンクールに出品されたドール達を観覧していた。

 ニッチなコンクールであるがゆえ、ふらりとやってくる一般客などは少ないのだが、今回に限って、想像よりも入りは上々であった。

 さすがは、ササハラ・コンクールといったところか。彼女の知名度と人脈がなせるワザだろう。

 来訪者を見れば、美術館やホテルのスタッフが多く、その他、どこぞのお嬢様連中や、有名な会社の役員などもちらほら。

 美術館やホテルのスタッフは、ここで目を引くドールを見繕い、自らのホテルのエントランスに飾ったり、美術館に展示したりする。

 また、金持ち共はコンクールで優秀な成績を収めたドールを買い取り、他の金持ちに自慢する。

 そうして、ドール職人は、自らの名を売り、ドールの価値を高めていく。

 美を競う祭典などと言う者もいるが、実情は、ドール職人の食いぶちを稼ぐための足がかりに過ぎず、つまるところ欲にまみれている。

 無様な欲がちらつくがゆえ、瑠璃丸は、やはりコンクールを好きになれなかった。

「あ、瑠璃丸さん、こんなところにいたんですか」

 急ぐこともなく、直登は近寄ってきた。

「まだ、結果発表まで時間がありますよ。隣の待合室にいればいいのに。お菓子もありますし」

「あっちは、やかましい。まだ、ここの方が落ち着く」

 待合室では、実の交渉が行われていた。

 展示会場でドールを値踏みした者達が、そのドールの職人と実際に言葉を交わし、ドールの値段を打ち合わせる。

 いささか性急な気もするが、人気の職人の周りには人だかりができるほどである。

「まぁ、常連さんは諦めてますけどね。瑠璃丸さんと話すの。そのおかげで、僕の顔の方が覚えられてますよ」

「いいだろ。そもそも、おまえの仕事だ」

「そもそもは瑠璃丸さんの仕事です」

「アウトソーシングというやつだ」

「また、それっぽい言葉を。まぁ、たしかに販売は僕の担当ですし、人脈作りもその延長と思えなくもないですけど」

 実際、直登の方が、人当たりがよいし、適材適所だと瑠璃丸は思う。

「それにしても、今年は人が多いですね」

「出品者がそもそも多いからな」

「ですね。レベルも高そうだし」

 「それに」と直登は続ける。

「シャルルの来日目当てですかね。僕も楽しみですし」

「……そうだな」

 陽気な直登をよそに、瑠璃丸は気のない返事をした。

 よく知る不快な名である。しかし、それを表に出すことすら憚られ、直登に気取られぬように顔を背ける。

 まぁ、直登には伝わってしまっているだろうが。

 それでもポーズだけとったところ、背けた視線の先に、瑠璃丸は不可思議なものを見た。

 こちらも、よく知る顔である。

 その顔に対して、特に嫌悪感などは覚えず、ならば、これが好意かと問われれば違うと断定でき、山から降りてきた狸に出会ったような、そんな不可思議としか言いようのない感覚だ。

「おい、直登」

「どうしましたか?」

「何で、あの女がここにいる?」

「あの女?」

 直登は振り向くと、驚いた顔を見せた。

「さぁ、一応コンクールのことは教えましたけど、応援にでも来たんですかね?」

「スポーツ観戦か何かと勘違いしているのか?」

「僕に聞かないでくださいよ」

 瑠璃丸と直登の視線に気づき、彼女はひょいと手を上げて近寄ってきた。

 腰元を絞った紺のワンピースに、淡い空色のストールを羽織り、ショルダーバッグを肩にかけ、手にはトレンチコートをかけている。

 ヒールを鳴らすように、慣れた足つきで歩いていくる轟美心は、得意気に口角を釣り上げてみせた。


「よ、応援に来てあげたわよ」


 どうやら、スポーツ観戦気分であった。

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