4.業の深い男たちへ

心の破片-その4-

 ビクトリア王女は、優雅に椅子に腰掛けた。


おもてを上げよ」


 きっかけを得て、エドワードはビクトリア王女に視線を向けた。


「お目通り叶いまして、まずは感謝を」

「よい。おまえの噂はよく聞いている。国一番の髪結師だとな」

「恐れ多いお言葉でございます」

 扇子を一つあおいで、ビクトリア王女はぴしゃりと言った。


「それで、あの子を壊した犯人を探していると聞いたが、みつかったのか?」

「いえ、まだでございます」

「いくらか噂は聞いている。あのスケベ野郎、タナーが怪しいのだろ? 奴のもとへは行ったのか?」

「えぇ、先日」

「どうであった? 白状したか?」

「いえ」

 エドワードは静かな声で述べた。


「私が訪れたときには、既にておりました」


 一拍の静寂の後、ビクトリア王女が口を開く。

「誰がやった?」

「わかりません。タナーは、手足を外され、頭部を割られ、神話に出てくるマリオネットのように、糸に吊るされておりました」

「それはまた猟奇的だな」

「蜘蛛の巣のように張られた糸の合間に赤い糸が一本編まれておりました。赤い糸は、やみくもに編まれていたのではありません。文字を成していたのです」

「なんと書かれておった?」


「『サガスナ』と」


 エドワードの張り詰めた声の後に、ビクトリア王女は、くすっと笑った。


「そいつは、穏やかじゃないね」

「はい。どうやら、私の動きを警戒している者がいるようでして」

「次は貴様が壊されるかもしれんな」

「えぇ」

「どうしてもあの子を修復したくない奴がいるようだ」

「えぇ」

「くくく。それが、私だとでも言いたそうな顔をしているな」

「滅相もありません。私は、ただアンジェリーナ王女の修復を望むだけです。そのためには、この事件の真実にたどり着かねばなりません。殿下、私ができることは、真摯に頼むことだけでございます。どうか、この事件に関してご存知のことを教えていただきたく存じます」

 エドワードが頭を下げると、ビクトリア王女はつまらなそうに言った。


「あんな性悪のために命を懸けるなんて、稀有な男だねぇ」

「それに値する方でございます」

「気に食わない」

「申し訳ございません」


「皆が皆、あの子のことを見ている。私のことなんて、だーれも見てくれない。たまに見てくれたと思えば、こうやって犯人扱いだもの。嫌になってしまうわ」


 ビクトリア王女は、髪をかきむしった。


「この差は何? いえ、わかっているの。あの子は美しくて、私は醜い。ただそれだけのこと。いくら王族といわれてもその差は歴然。えぇ、わかっているの。あの子がこの世で最も美しい。どれだけ身を削っても、塗料をぬっても、艶を出しても、きれいなドレスを着飾っても、きらびやかな宝石を身に付けても、あの子の美しさには敵わない」


 決して醜くはない、その顔を病的にまで暗がらせ、ビクトリア王女は続ける。


「造られたときに決まっていたのだ。それは運命として変わらない。いったいどれだけ神様のことを呪ったかわからないわ。どうして私を、あの子よりも美しく造らなかったのか。どうして醜いドールなんてものを造ったのか。こんなに苦しい思いをさせるのか。妬むのも、恨むのも、憎むのも、本当は嫌で嫌で仕方がないのに、どうしよもなく心が醜くなっていく。ふふ、おかしいだろ? 身だけでなく心も醜くなっていくのだ。この哀しみが貴様にわかるか?」


 言葉にできず、エドワードは黙ってビクトリア王女の悲壮に曇る顔を見守った。


「事件の真実をと言ったね?」


 ビクトリア王女は笑う。


「私は何も知らない。けれどもね、わかるの。同じ美しさを求める者として、あの子に何があったのか。いえ、あの子が何をしたのか。本当に、がめつい子だ。ねぇ、貴様は、壊れたあの子を見た? 見ればわかるわ。あの子が何をしたかったのか。だって、あれではまるで!」

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