3.7 激おこ

「だいたい、あんたも言ってたわよ! プライベートがどうのこうのって!」

「いや、言い方が違うだろ」

「だったら、もう一回言ってみなさいよ! 比べてあげるから!」

 

 もう! 

 ちょっとだけ期待したのに!


「もしもーし、俺を無視していちゃつかないでくれますかー」

「いちゃついてない!」

 苛々が二倍で襲ってきて、美心はいつも以上に声を張り上げてしまった。自分の思考が、正常に働いていない。

 でもわるいのは、この男連中二人だからと、美心は感情に任せて瑠璃丸を睨みつけた。

「あんたねぇ、私がこんなに困っているんだから、なんとかしてあげようと思いなさいよ!」

「いや、心配しないでくれって言ってたぞ、おまえ」

「あれは心配してって意味でしょうが!」


 何でわかんないのよ!


「どうやったら、そんな解釈できるんだ?」

「強がったのよ! あれよ! ツンデレってやつよ!」

「そ、そうなのか?」

 自分でも何言っているのか、わからないけれど、それが乙女心というものなのだと美心は勝手に納得する。

 美心の心の叫びを目の当たりにして、有馬は、ひゅーと口笛を吹いた

「美心ちゃん、おっかねぇ」


「おめぇもきもいんだよ!」


 ついでに美心の怒りの矛先は、有馬に向けられた。

「私が完全に拒否っているのわからないの? 仕事ができないとか、喋り方が気持ち悪いとか、そういうの以前に生理的にむりなの!」

「はぁ?」

「はぁ? て何? 自覚ないの? うわっ、もう、ないわ。だいたい、ちょっと話がこじれたくらいで、ネットストーキングして、ここまで追ってきている時点で、もう犯罪級にやばい奴だからね」

「ちょ、てめぇ!」

「何キレてんのよ! 今、私がキレているんでしょ!」

「おめぇが意味わかんねぇこと言うからだろうが!」

「うっせぇ! 私がキレる番だろうが!」

「キレる番とか意味わかんねぇだろうが!」

 頭に血が昇りきっていた美心は、次第に有馬との間合いが狭まっていることに気づかなかった。気づいていたとすれば、本能的に少し身を引いたかもしれないが、苛々が頂点に達している美心には無理な話だった。


「このアマ!」


 だから、有馬が腕を振り上げたとき、サッと血が降りるのを感じ、冷静になった自分の軽率さを呪った。

 ネットストーキングしてくるきもい男。

 カッとなって手を出してきてもおかしくない、と警戒すべきだった。

 しかし、時既に遅し。

 美心は、身を強張らせて目をぎゅっと瞑った。


 ……あれ?


 待てど暮らせど、痛みがやってこない。

 代わりに鈍い音と、何かが転がる音と、二人の男の鈍い悲鳴が聞こえてきた。

「てめぇ、何しやがんだ!」


「それはこっちのセリフだ!」


 目を開けると、なんと瑠璃丸が押し倒すようにして、有馬と転がっていた。

「何やってんの?」

 ていうか、どうなったの?

 見たところを純粋に解釈すると、美心が暴力を受けそうになったところを、瑠璃丸が身を呈して守ってくれたということなのだが。

 そんなこと、あり得るのか?

 結果だけ見ると、そうなのだが、まったく因と果が繋がっておらず、まったく別の事象が起こったのではないか、どうせそんなオチなのではないかと疑ってしまう。

 けれども、眼前で繰り広げられているシリアスな光景は、その邪推を否定した。

「何熱くなってんだよ!」

 有馬は、瑠璃丸を突き飛ばして叫んだ。

「ナイト気取りかよ! きもいんだよ!」

「おまえがふざけたことをするからだろうが!」

 珍しく瑠璃丸は大きな声を出した。

「作品に手をあげる奴があるか!」


 ん?


「何言ってんだ?」

 有馬は、美心以上に混乱しているようだった。美心も戸惑っているが、瑠璃丸の不可解なコメントに対して既に耐性ができていたため、なんとかついていけていた。


「モデルにとって、この体が作品だろ! それに傷をつけるバカがどこにいる!」


「「……」」

 ん?

「なぁ、美心ちゃん。こいつ、何言ってんの?」

「いや、私に聞かれても」

 有馬は、嘲るように笑った。

「おまえ、頭おかしいだろ? 作品? ぜんぜん意味わかんない。うわっ、怖! 美心ちゃんも気味わるいよね? こいつ」

 素直に同意、と昔の美心ならば応えただろう。けれども、瑠璃丸のことをなまじ知っている今の美心には、彼の言葉がわかる。

 だからこそ、自分のことを作品と、そう例えてくれたことへの驚きが、美心の胸の内を兎のように跳ね回った。


「……やばい、ちょっと格好いいかも」


「え!? 何で!?」


 どうしよう。

 今だけは有馬の突っ込みが正しい気がする。

「おい、そこの世紀の不細工」

 空気を読まず、瑠璃丸は、有馬の方を睨みつけた。

「な、何だよ」

 理解を逸脱した状況に、有馬は後ずさりしていた。そこに追い打ちをかけるように、瑠璃丸は告げる。

「言っておくが俺は弱い。喧嘩すれば、間違いなく俺が負ける」

 いきなりの敗北予告。

「だが、俺に少しでも怪我をさせたら、億の損害賠償を払うはめになるぞ」

 そこからの被害者視点での脅迫であった。

 しかも、世界屈指のドール職人であるから、あながち嘘でもないところが恐ろしい。

「な、何を言って」

「あ、その人の言っていること、たぶん本当ですよ。凄腕の職人さんなんで」

「え?」

 美心の補足に、有馬はぞっとした顔を見せる。

「お、おまえら、意味わかんねぇ」

 うん。おまえら、とまとめられたことには釈然としない思いもあるが、有馬の気持ちも少しわかってしまう自分がいた。

「有馬さん。ちょっと、今日のところは帰ってもらえます? 今後のことは明日、話し合いましょ」

 訴えるかも含めて。

 少し冷静になってきた美心の声に、有馬はテンパった頭で考えた後、

「そ、そいつのこと、社長に言うからな!」

 捨て台詞にしては、パンチの弱い言葉を残して走り去っていった。

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