3.3 ドール展
どうして、こうなった?
美心は頭にハテナを浮かべながら、瑠璃丸の少し後ろを歩いていた。
喫茶店で瑠璃丸から突然に美術館デートに誘われて、美心は完全にテンパっていたことは間違いない。
え? 何?
こいつ、私に気があるの?
言動不一致過ぎて、怖いんですけど!
半ば恐怖すら覚える美心であったが、その動揺を瑠璃丸に気取られるのも気に入らないので、澄ました顔を装っていたら、言葉まで装ってしまった。
『まぁ、いいけど』
よくない。
いや、暇だったのは確かだし、この後の予定もないし、どうしようかな、とは思っていたのだ。
けれども、美術館は選択肢になかった。
大学に通っていたとき、インテリな雰囲気を醸し出そうと美術館に行ったことがある。友達と一緒に見てまわったのだが、もう、あくびも尽きるほど、つまらなかった。
何かに絵画展だったと思うのだが、1枚3秒くらいで歩を進めてしまい、高いお金を払ったのに、パラパラマンガを読むレベルで見終わってしまった。
さすがにもったいないと、もう一周したのだが、友達などは、途中、歩きながら寝ていた。
美心も似たり寄ったりだ。
それ以来、美術館に足を運ぼうなどと脳裏をかすめることさえなかった。
さて、そんなつまらない場所に、むかつく男とデートするという状況に陥っているわけだが、だからこそ思う。
どうしてこうなった?
唯一、理由があるとすれば、瑠璃丸の態度があまりに真摯であったからだ。
真摯というと、言い過ぎかもしれないが、誘いの言葉に、いつもの陰湿さもなく、つっけんどんな態度もなかった。
ただ単に誘われたので、美心は頷いてしまった。
あれ? 私、ちょろ過ぎない?
ギャップを少し見せられた程度で、印象がプラスに揺らぎそうな自分の安易さと葛藤して、美心が頭を悩ませていると、いつの間にか美術館に着いていた。
「チケットっていくらくらいなの?」
「気にするな。おまえの分のチケットもある」
お、男前!?
いや、いやいや、普通か。
だって、誘ってきたのは瑠璃丸の方だし。何だか、もともとの評価が低い分、少し普通のことをされると、全部プラス評価になっていく。
これが瑠璃丸のテクだとしたら、相当のやり手である。
絶対に違うと思うけど。
「今回の主催が知り合いで、タダ券をもらったんだ」
あ、本当に違った。
「捨てるのも、もったいなくてな」
「まさか、それで私を誘ったの?」
「暇だったんだろ?」
「……いや、そうよね。そうよねー」
うん、知ってた。
むしろ、安心した。
瑠璃丸の行動への違和感が消えていくのを感じる一方で、余計に、この状況へのやるせなさが助長された。
美術館は、門からが遠かった。門の中は両脇に森に見紛わんばかりの木々が植えられており、本当に美術館があるのかと疑うほどである。
だが、舗装された一本道を歩いていくと、たしかに白く巨大な建造物が姿を現した。
平日ということもあり、人は少ない。年齢層はまちまちで、年配の方が多いけれど、意外と若者もいる。美大かどこかの学生だろうか。
子供を連れた母親などもおり、連れて来られた子供は熱心にドールに魅入っていた。
「あぁいう子が、将来、瑠璃丸みたいになるのかしらね」
「さぁ、どうかな。不安定な職業だから、何とも言えないな」
たしかに。
「その辺はお互い様ね」
「市場規模は、ドールの方が小さいだろ。同様に扱うのも違う気がするけどな」
「うわっ、被虐的」
「事実だから、仕方がないだろ」
そういうもんだろうか。
まぁ、たしかにニッチな商売なのは間違いない。そういう仕事をしていれば、業界の事情にも自然と詳しくなる。
「スマホの電源は切っておけよ」
「わかっているわよ」
子供じゃないんだから。
バッグからスマホを取り出して、画面を確認すると、着信が何件も入っていることに気づく。相手はマネージャーだ。おそらく、先程の諍いの件だろう。
面倒くさい。
着信を見なかったことにして、美心はスマホの電源を切った。
展示会場は薄暗く、ケースに入ったドールだけが明るく照らされていた。
「おー、ドールだらけね」
「当たり前だろ」
美心の感想に、瑠璃丸は呆れたように応えた。
言ってみただけなのに。
ドールは何らかのルールに従って並べられているようだった。入ってすぐはシャルル特集である。看板にシャルルの名前と写真が掛けられており、ドールが陳列されている。
「まぁ、シャルルのドールは玄人、素人問わずに人気だからな。見栄えもするし、わかりやすい美しさがある。まず、シャルルというのは理解できる」
へぇ、語るじゃん。
これは、意外と楽しめるかもしれない。言ってしまえば、解説つきの美術館だ。それも屈指のドール職人の解説ならば、知ったかということもありえない。
ときどき口がわるいことを除けば、これ以上の解説役もいないだろう。
そう期待して、美心は瑠璃丸の横に立っていた。
だが、そういう楽観的な予測は、往々にして外れるものである。
待てど暮らせど、瑠璃丸は解説する気はないようで、ドールの一点一点確認して歩き、ときどき足を止めては、ふむ、と頷くのだった。
「ねぇ、何か解説してよ」
痺れを切らして美心は自分から求めた。
「見ればわかるだろ」
「見てわからないから、聞いているんだけど」
「見てわからないものは、聞いてもわからん」
そりゃ、そうかもしれないけれど。
「ここがすごいとか、こういう価値があるとか、いくらするとか、さ」
「金でしかモノを見れんのか、おまえは」
「う! そういうわけじゃないけど」
ちょっと、それはあるけど、瑠璃丸に言われるとむかつく。
「ドールの価値は金ではない。ドールの場合は特にな。その美しさに関係なく、ネームバリューや希少性で高額な値段がつくことがある」
「でも、結局、それが評価なんじゃないの?」
「相関がないわけではない。美しいものには金銭的価値は付く。だが、金銭的価値が付いたドールが美しいわけではない」
「あー、それはわかるかも」
モデルの仕事もそうだ。
本当に美を追求したモデルが、コンテストで優勝するとは限らない。どうして、この娘が? ということもままある。
真の価値と、評価の不一致は、美を扱う者達にとって永遠のテーマなのかもしれない。
「でも、そういう考えって、どこか傲慢に思えちゃうのよね」
「傲慢?」
「それって、客観的な評価が正しくないってことでしょ。多くの人は、真の美しさを理解できてなくて、間違った評価をしているって」
「理解できていないのではなく、見たことがないんだと俺は思う」
「ふむ」と瑠璃丸は腕を組んだ。
「先に、本物を見にいくか」
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