2.5 好奇心
「俺がやるよ」
瑠璃丸は、しれっと言った。
気分、というのが、いちばんの理由であった。
たいていの仕事を瑠璃丸は、気分で選ぶ。そのせいで、直登にはいつも怒られるのだが、結局ノらない仕事は手につかず、かえって時間がかかることが多い。
美心から指名されたから、という安易な理由ではないが、ドールを他人に預ける不安は、瑠璃丸には理解できた。
未熟なドール職人に修復を任せて、まったく違う姿かたちになって帰ってきたらと思うと、ぞっとする。
したらば、その腕を信頼できる者に任せたい。
「いや、でも、美心さんの都合もありますから」
「大丈夫だ、今日から始める」
「……ちょっと待ってください」
瑠璃丸が、さらにしれっとしていると、直登が眉間に皺を寄せた。
「今の仕事はどうするんですか?」
「並行してやればいいだろ。どうせ修復は、少しずつ進めていくもんだ」
「それはそうですが、今抱えている修復の案件をとばすのは、ちょっと」
「待たせておけ。どうせ顔も知らん客だ」
「僕は、知っているんですけどねぇ」
頭を抱える直登に対して、瑠璃丸は続けた。
「足を運んでくれた客を優遇するのは当然だ。ドールを郵送してきたり、引取に来させたりする客に気を配る必要はない」
「おー、瑠璃丸、いいこと言うじゃん」
褒められたと思ってか、美心は気分よさそうに笑みを見せている。だが、直登の方は、いっそう呆れた顔を見せた。
「で、本当の理由は、何ですか? シャルルの初期のドールを触りたいからですか?」
「……」
「たしかに数は少ないですものね。最盛期と晩年のドールはよく見ますけど、これだけ状態のいいドールは滅多にお目にかかれませんし、早くいろいろ観察してみたいですよね」
「……まぁ、そういう見方もある」
瑠璃丸が言い淀んでいると、直登は盛大に溜息をついた。
「だったら、変な言い訳しないで、最初からそう言ってくださいよ。もっともらしいこと言われるよりも、そっちの方が納得できます」
「え!? さっきの嘘だったの!?」
美心が喚いているのを無視して、直登はスマホとにらめっこを始めた。
「わかりましたよ。とりあえず、それでスケジュールを組み直します。急ぎの仕事でないことは確認してますから、たぶん大丈夫です、けど、なる早ですからね」
「ふん、誰に言っているんだ」
合意が得られたことを確認してから、瑠璃丸は立ち上がった。
「どこ行くの?」
「愚問だな」
そう言って瑠璃丸は、ドールを紙袋の中に戻して、持ち上げた。
「仕事だ」
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