2.4 シャルル・ドール

 頬から顎のラインが丸みを帯びており、そのあどけなさが特徴的なシャルル・ガストン・ミシェル初期のドール。波うったブロンドの髪が、彼女の活発さを強調して、相反した垂れ目とぷっくりとした唇が成長過程のアンバランスな美しさを演出していた。

「シャルル・ドール?」

 美心が首を傾げるので、直登が話を継いだ。

「有名なドール職人の名ですよ。シャルル・ガストン・ミシェル。20世紀に名を轟かせたドール職人で、おそらく現代ではいちばん有名なんじゃないですかね」

「私、知らなーい」

 そりゃ、素人は知らんだろう。

「有名というならば、もっと古典の大御所がいるだろ。ジュモーとかブリュとか」

「値が張るのは断然そっちですけどね。ただ、最近、市場でよく耳にするのは、やっぱりシャルルですよ。まぁ、出回っている数が多いというのもあるんでしょうけど」

 直登が言うのであれば、おそらく間違いない。彼は、ドールの販売のために、いろいろ市場を調べている。今、流行りのドール、最も価値のあるドール、それらは常に移り変わるため、目が離せないのだとぼやいていた。

 美しさが移ろうというのも、おかしな話だが、実際、百年違えば、美の基準はまったく異なる。

 シャルル・ドールは、美しさの基準が切り替わったちょうど境目のドールであり、ゆえに、ちょうど熟しているということだろうが。

「ふん、俺は好かんがな」

「瑠璃丸さんが嫌いなのは、シャルル・ドールというより、シャルル本人でしょ」

 直登の言葉に、瑠璃丸にそっぽを向き、美心が首を傾げた。

「仲わるいの?」

「わるいというか、険悪ですね」

 直登は腰に手を当てた。

「5年前に国際コンクールに瑠璃丸さんが出展した際に、審査員だったシャルルと大喧嘩したらしいんですよ。その頃、僕はまだここで働いてませんでしたから、伝聞でしか知りませんけど、それはもうひどい罵り合いだったみたいで」

「うわぁ、想像できちゃうわ」

 じろっと二人に視線を向けられ、瑠璃丸は顔を背けた。

「俺はわるくない。全部、あいつがわるいんだ」

「「……」」

 無言で二人が非難の視線を向けてくるが、瑠璃丸は無視して目の前のドールに手をかけた。

 本来の姿ならば、愛らしい顔をしていただろう。だが、悲惨なことに複数の破損が見られた。まずは頭が大きく割れている。おそらく、頭から落としてしまったのだろう。さらに、肩の球関節が壊れて、左腕が外れている。

 肌のくすみや、服のほつれなども気になるが、大きくはこの破損であろう。

「破片が足りていないな」

「あー、もう廃棄しようと思っていたらから、全部は残しておかなかったみたいなの。でも直せるなら、直してほしいって。直せるでしょ?」

「簡単に言いやがって」

 肩の球関節は問題ない。型をとって作り直してもいいし、既にあるものを代用してもいい。まぁ、そこは金次第だ。

 問題なのは、頭部の方。

 割れ目は大きく、破片も大きいのが2片のみ。髪も貼り直さなくてはならず、なかなか骨が折れそうだ。顔が無事だったから、あまり悩む必要もないが、面倒であることには変わりない。

「直せるには、直せる、か」

「本当! よかった!」

 美心が手放しで喜ぶが、直登の方はあまりいい顔をしなかった。

「じゃ、この仕事を引き受けるんですよね。ただ、スケジュールが……」

「へ?」

 スマホを覗いて、直登はスケジュールを確認する。

「今やってもらっている仕事があるじゃないですか。それか修復が二件と、新作のオーダーが一件入っています。それに、二ヶ月後に、ササ・コンもありますし」

「ササ・コン?」

「ササハラ・コンクールのことです。笹原さん、ていうドールマニアの富豪が主催しているコンクールですよ。瑠璃丸さんは、このコンクールに出すためのドールを造らないといけないんです」

「俺はあんまり気乗りしないんだがな」

「造らないといけないんです!」

「お、おう、そうだな」

 直登に気圧されて、瑠璃丸は頷く。

「だから、修復の依頼は承りますが、ちょっと時間がかかってしまうと思いますけど、その辺りは大丈夫ですか?」

「どのくらい?」

「そうですねぇ。早くて二ヶ月後ですかねぇ」

「二ヶ月!?」

 美心は驚いてすっとんきょうな声をあげたからではないが、瑠璃丸は反論した。

「いや、このくらいならば、そんなにかからないぞ」

「何言ってるんですか。どうせあと二週間もしたらササ・コンのドール造りに熱中して、仕事が滞るに決まっているんですから」

「あ、あぁ」

「でしょ。だから、それも見越して、こっちはスケジュール組んでいるんです。あんまり詰め込むと怒るから、けっこう仕事を断っているのに、こういう飛び込みの仕事は受けちゃうんだから」

 どうやら、直登も鬱憤が溜まっているようであった。今度、何か奢ってやろう、と瑠璃丸は背に汗をかいた。

 一方で、美心の方も畏まっている。

「その、……ごめんなさい」

「あ、いえいえ、美心さんに文句を言っているわけじゃないですよ。ご贔屓にしてくれているのはうれしいことですし」

 あわてて直登はフォローの言葉をかけた。

「ですけど、おわかりの通り、瑠璃丸のスケジュールはいっぱいですので、どうしても時間がかかってしまいます」

「そっかー。うーん。でも、すぐって言っちゃったからな」

「えぇ、それで、お急ぎでしたら、ツテを辿って、手すきの別の方にお願いできますけれども、どうしますか?」

 直登の問に、美心は腕を組んで考え込んで、それから、ちらりと瑠璃丸の方を見やった。

「他人の子だってこともあるし、やっぱり、できれば知っている人の方がいいなー」

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