2.3 修復

 美心の話を要約すると、ドールの廃棄の依頼を受けたとのことである。

 彼女が出演した番組でドールを紹介したところ、出演者の中で、なかなか話題になったらしい。ドール職人の知人がいる、ということがそれほど珍しいか、と瑠璃丸などは首をひねるが、まぁ、いい。

 その中の一人が、美心に頼み事をした。

 子供の頃から大事にしていたドールが、不注意によって破損してしまった。見たところ修復のしようがないため、処分したいのだが、どうすればいいのかわからない。

 できれば、丁寧に処分したいので、その方法を教えてくれないか、とのことである。

「そこで、ドール職人にお尋ねしたいというお仕事よ」

 なぜか得意げな美心であるが、たったこれだけのことを話すのに、どれだけ時間をかけているのか。

 瑠璃丸が呆れている一方で、直登はふむと考え込んだ。

「お葬式ですか。たしかに、ドールの処分の仕方がわからない、って相談を受けることは多いんですよ。写真なんかと一緒で、普通に捨てるのは抵抗がありますからね」

「あー、わかる。でも、スマホの写真を消すのは抵抗ないから不思議よね」

 どうでもいい美心の会話に、にこりと微笑んで直登は続けた。

「写真なんかと同じで、神社やお寺でドールのお祓いをしてくれるところがあるんですよ。そこに持っていくのがいちばん自然ですね。しっかりとお葬式までやってくれるところもありますけど、その方は、どのくらいの葬送を考えているんでしょうか?」

「うーん。お金は持っていると思うから、ケチらないとは思うけど」

 そこに相関はないと、瑠璃丸は思う。

 いくらお金を持っているからといって、ドールの葬送にお金を使うとは限らない。それは価値観の問題であるので、基本的にはドール好きか否かの話だ。

「でも、私が言いたいのは、そうじゃないの」

 美心は、話を転換させた。

「本人はむりそうと言っていたんだけど、修復できないかな、って私は思っているの」

「修復、ですか?」

 直登が尋ね返すと、美心は知ったふうに「そ」と応えた。

「前に私が壊しちゃった腕を直してくれたじゃない? どうやったのかはわからないけれども、あんなかんじで、パパっと直してくんない?」

「……おまえなぁ」

 パパっとって。

 ドールの修復はそんなに簡単なものではない。

 ドール造りと、修復のどちらが難しいかと言われると、なかなか決めかねる問いである。

 いちばんの違いは、終わりがあるか、ないか。

 普通、ドール造りには終わりがない。どれが正解ということもないし、どこが完成ということもない。宛のない一人旅、それがドール造りである。

 一方で、修復というのは到着地点が決まった出張みたいなものだ。誰かの造ったドールという終着点。そこに辿り着けないのは論外であるが、逆に過ぎてしまってもいけない。

 ちょうど、ぴたりとその美しさまで巻き戻す。

 だから、どちらが難しい、と比べるものでもないが、どちらが嫌いかと言われれば、瑠璃丸は修復の作業が断然嫌いであった。

「どうですか? 瑠璃丸さん」

 直登が窺ってくるので、瑠璃丸は肩を竦めてみせる。

「どうと言われてもな、モノを見なければわからん」

 修復の困ったところは、辿り着けない場合もある、ということだ。

 破損の状況によっては、どうがんばっても直せない。もしくは、終着点が想像できない。想像が及ばないときこそ、最も質がわるい。できるできないの議論なのか、自分の技量の議論なのかわからなくなるからだ。

 まぁ、ドールを見れば、出だしでだいたいはわかるのだが。

「写真か何かは、持ってきましたか?」

 直登の問いに、美心は得意気に胸を張る。

「ふふん。そこはぬかりないわ」

 そう言って、美心は紙袋を机の上に置いた。

「実物を持ってきたから」

「「おー」」

「手戻りなんて面倒なことしたくないからね。私は効率重視だから」

「効率重視だったら、先に一報ほしかったですけどね」

「え?」

 直登の満面の作り笑いに、ぎくりと美心がたじろいだ。

「そういえば、最近減ったな、直接来る客は」

「だいたい電話かメールで、僕が対応してますからね。ここに来るときも、予約をして来られる方がほとんどですし」

「え!? そうなの?」

 じろっと二人の視線を受けて、さらに美心は身を引いた。

「い、いいじゃない! 私は直接来たい派なの!」

「迷惑な奴だ」

「お客様なんですけど!」

 ため息をつきつつも、瑠璃丸は紙袋の中身が気になった。その中にあるドールの終着点は、瑠璃丸の手の内にあるのか。それが随分気になっていた。

 そんな瑠璃丸の気配を察してか、直登が切り出す。

「とりあえず、見てみましょうか」

「そうだな」

 釈然としない面持ちで、美心は紙袋からドールを取り出した。

 破損の状況はまずまずであったわけだが、それ以上に、特筆すべきことが、そのドールにはあり、直登は息を呑み、瑠璃丸は顎に手を当てた。


「シャルル・ドールか」

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