2.2 依頼

「……相変わらず、ね」

 轟美心は、サングラスを下げて、その無駄に大きい瞳を覗かせた。

「すいません、美心さん。今、瑠璃丸さん、一仕事終えた後で疲れているんですよ」

 すぐさま、直登が余計なフォローをした。彼の気遣い性は、今に始まったところではないが、こんな無礼な女にまで気を遣う必要はないのに。

「疲れていると暴言を吐くって、どういう理屈なの?」

「いえ、疲れていなくても暴言を吐くんですけど」

 ちらっと直登は瑠璃丸の方を見やり、

「疲れていると、暴言が雑になります」

「あぁ、なるほど」

「おい」

 あらぬ風評を広める直登には、あとで蹴りを入れてやろう。

 得心いったと頷く美心も蹴り倒してやりたいが、さすがに女に手をあげるわけにはいかない。

 いや、足だからいいのだろうか。

 などと言葉遊びをしていると、美心がズカズカと店内へと入ってきた。

「せめて黙っていればいいのに」

「俺もそうしたいが、不細工がいるとつい口が勝手にな」

「あら、そう! なら、その口縫い付けてあげましょうか!」

「おまえ、どうせ裁縫なんてできないだろ? 見るからに女子力低そうだし」

「喧嘩がしたいなら、素直にそう言えば!」

「はぁ、日本語の不自由な奴だな。帰れと言っているんだ。どう聞けば喧嘩したいという話になるんだ? もしもそう聞こえたんなら、耳鼻科に行くか、ちゃんと耳を掃除しろ」

「んぎゃぁあ!」

 無様な声で鳴くこの女は、やはり人外なのではないだろうか。

「まぁまぁ、美心さん、落ち着いて」

 間に入ったのは、やはり直登である。にこやかな笑みを美心に向けてから、次に瑠璃丸の方に向ける。

「瑠璃丸さんもですよ」

 その明るい笑みとは裏腹に、声にはかなり圧がかかっていたので、瑠璃丸はそろそろ黙る。

 直登は、美心に座るよう勧めた。机を挟んで、瑠璃丸の前の席。ぷんすか怒っていたけれども、仕方なしといったふうに美心は席に腰を降ろし、そしてその長い足をひょいと組んだ。

「それで、今日は何のご用ですか?」

 コーヒーを差し出しつつ、直登は尋ねた。

「先月に購入された人形のお代は、クレジットカードでのお支払いですから、わざわざ来ていただかなくてもよろしいですし」

「……分割五回払いよ。とっても手痛い出費だったわ」

 手痛いという言葉を使うあたりが、いちいち癇に障る。

 瑠璃丸は、いらいらとしながらも、直登の手前、口を閉ざした。

「まさか、もう一体ご購入ですか?」

「そんなわけないでしょ。先月、私、いったいいくら使ったと思っているの?」

 金々、うるさい女だ。

「じゃ、何しにきたんだ? ひやかしなら、さっさと帰れ」

「あんたとは話してない!」

 机を叩いて、美心は、キッと睨みを利かせてきた。

「まったく。私だって、できればこんな店、二度と来たくなかったわよ。でも、頼まれちゃったんだから仕方ないでしょ」

「「頼まれた?」」

 声をハモらせ、瑠璃丸と直登は顔を見合わせる。

「そ」

 美心はコーヒーを一口啜って、顔を顰めた。それから、瓶から角砂糖を二個、三個と入れながら、話を続ける。

「昨日の『はっちゃけNight!』見たでしょ?」

「見てない」

 瑠璃丸が即答すると、美心は、むすっと頬を膨らませた。

「見ときなさいよ。私、言ったでしょ? この番組でドール紹介するって」

「ふん。俺はそもそもテレビを持っていない」

「うわっ、出たよ。最近、多いのよね。そのテレビ見てないアピール、ぜんぜん格好よくないから」

「格好つけているわけじゃない。興味がないだけだ」

「見なさいよ、原始人!」

「俺の自由だろ。だいたい他に見るべきものなんていくらでもある」

「あんたのドールを紹介してあげたの! あんたに関係があることなんだから、興味を持って、そして視聴率に貢献しなさい!」

「出たな、本音が。結局は自分の評価を上げたいだけか」

「あぁ、もう! そうよ、わるい! でも、それだけじゃなくて、普通に、ドールがテレビに出たから、という親切心が、あぁ、もう!」

 頭をかきむしる美心を困ったように眺めていた直登が、

「まぁまぁ」

 と仲裁に入る。

「僕は見ましたよ。美心さん、すっごくかわいかったです」

「え? あ、ありがと」

「録画したんで、あとで瑠璃丸さんにも見せてあげますね」

「断る。時間の無駄だ」

「そう言わずに、ほんの一分くらいですから」

 問答を言わせぬ対応を見せてから、

「それで」

 と直登は場を進めた。

「あの番組と、うちの工房のお仕事と、どう関係してくるんです?」

「要点だけ話せ」

 瑠璃丸が口を挟むと、笑みで直登が非難してきた。

 問われた美心は、えっと、と少し考えてから、思い出すように答えた。


「つまり、ドールのお葬式をしてほしいのよ」


 ……かいつまみ過ぎだ。

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