2.とあるドール職人の日常
心の破片 -その2-
エドワードがはじめに尋ねたのは、アンジェリーナ王女の執事、モーガンだった。
モーガンは、アンジェリーナ王女がこの世に造られ、命が吹き込まれてから、ずっと仕えてきた男で、事件の後、とても気を落としていた。
「えぇ、そうです。私は、常に姫にお仕えしておりました。しかしながら、あの夜、ほんの一刻だけ、姫から離れてしまったのです」
モーガンは、淡々と述べた。
「姫様が一人になりたいと、そうおっしゃったのです。警護は、私と騎士のローリーが担っていましたが、あまりに強く望まれたので、事件当時は、二人共その場におりませんでした」
「はじめに姫様をみつけたのはモーガン様でしたよね」
「はい。あまりに戻りが遅いので、心配になり、私とローリーは姫様を探しにいきました。途中で貴族のタナー様とお会いしました。タナー様にお尋ねしたところ、中庭で姫様を見かけたとおっしゃったので、事情を話して、同行していただきました。姫様のもとに着いたのは、その後です」
「タナー様ですか。たしか、姫様にご執心だったとお聞きしていますが」
「えぇ、縁談を何度も申し込まれておりました。しかし、姫様の方に、その気はなく、ひどく邪険に扱っていたのを記憶しています」
「つまり、タナー様が、姫様を逆恨みしていてもおかしくないと」
「それは私にはわかりかねます。ただ、いかなる理由があろうとも、恨みつらみで姫の御肌に傷を付けることは許されません」
ぴしゃりとモーガンは言い切った。
「他に動機を持っている者に心当たりはありませんか?」
「姫様は、王国で最も美しい方でありましたがゆえ、妬んでいる方は数多くいたと思われます。その中で、最も姫様を妬んでいた方をあげるとすれば」
モーガンは声を潜めた。
「姫様の姉君、ビクトリア第一王女様ではないかと推察されます」
国内で、最も美しいドールは、と問われれば九割の者がアンジェリーナ王女と答えるであろう。そのことを、ビクトリア王女がよく思っているわけもなく、彼女達はひどく険悪であったと言われている。
ある意味、最もアンジェリーナ王女を壊すにふさわしい方ともいえる。
「それにしても、エドワード様は、どうして犯人探しなどをしておられるのですか? 憲兵が血眼になってやっておりますが?」
問われて、エドワードは、修復の魔法のことを正直に話した。モーガンは半信半疑であったが、エドワードが嘘を付くはずがないと信じたようだった。
「そうでしたか。そんな魔法が本当にこの世に存在していたとは。しかしながら、姫様の破片は、私が到着したときには既に失われていました。おそらく犯人が持ち去ったのでしょう」
モーガンは、少し考え込む素振りを見せた。
「しかし、姫様は、修復を望まれるでしょうか?」
「どういうことですか?」
意外な言葉に、エドワードは問い返す。
「姫様は、ずっと、王族であることに、王国で最も美しくあることに苛まれておりました。美しさを保ち続けることが、どれだけ困難なことなのか、私共には想像がつきませんが、たいそうお疲れでございました」
「だから、壊れたままで、醜いままでいいとおっしゃられるのですか?」
「果たして、姫様は醜くなられたのでしょうか」
モーガンは静かに述べた。
「エドワード様は、姫様のお顔を拝見されましたよね? そのとき、あなたは、姫様のことを醜いと思われましたか?」
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