1.6 青薔薇
棚から目をそらして、ふと壁の棚の端に顔を向けた。
そこには、ちょこんと腰掛けている青い薔薇の少女。
ブロンドの髪に、大きな青い薔薇の髪飾り、それに合わせて造られたであろう同じく青い薔薇の刺繍が編み込まれたドレス、蒼穹の奥底のような瞳、薄紅色のやわらかそうな頬、それらの調和は晴天のようであり、どしゃぶりの雨のようでもあった。
何より、彼女には表情があった。
いや、あるわけもないのだけれども、そう感じたのだ。他と同じく口元が笑っているわけでも、目元が綻んでいるわけでもない。
けれども、その無垢なガラスの瞳の奥に、彼女の心がちらりと見え隠れする。
そんな気がして、美心はなんだか安心してしまったのだ。
「私、あの子がいいわ」
美心は指をさして、直登の方を振り返った。
「あ、あの子ですか」
さきほどまでにこにこしていた直登であったが、美心の提案を受けて、気まずそうに頬をかいていた。
どうしたのだろう。
もしかして、高いのか?
たしかに、指定された棚の外だ。この棚のものよりも高いと、容易に想像される。それに、他と異質ということからも、相当高いのかもしれない。
どうしよー、あの子がいいとか言っちゃったんだけど。
だらだらと冷や汗をかく美心であったが、直登はあらぬ反応を見せた。
「あの子は、えっと、ですね。申し訳ないですが、非売品なんですよ」
「あ、そうなんですか」
ホッと美心は胸を撫で下ろす。
「残念だなー。買う気はあったんだけどなー」
よし、帰ろう、と美心は決心した。
これで大義名分は立ったのだ。欲しいドールが非売品であった。
仕方がない。買いたいけれど仕方がない。
そう告げて帰ろうと美心が思ったところで、不意の声が飛んできた。
「どこがいい?」
唐突に尋ねてきたのは、瑠璃丸であった。
「え?」
「そのドールのどこがいい? どこを気に入った?」
淡々とはしているが、食い気味に質問してくる瑠璃丸に、美心はいささか気圧された。
「どこって、うーん、かわいいからかな」
「何だ、その頭のわるそうな答えは」
うっ、自分でも少し思ったけど。
「な、なんていうか、表情が柔らかいっていうか、この子がいちばん性格がよさそうだったから」
「性格ブスが何を言ってんだか」
「聞いといて何なのよ!」
ただ貶したかっただけなのか?
「性格ね」
髪を逆立てる美心をよそに、瑠璃丸は呟く。
「妄想も甚だしいな。ドールの性格を語るなんて、夢見る少女であるまいし」
「むー、何よ。そう感じたんだからいいでしょ。性格、っていうか、心っていうか」
「ふん。ドールに心なんてない」
「あるわよ。ていうか、それをあなたが言うの?」
しめた、と美心は腕を組んで瑠璃丸を糾弾する。
「あなたはドールに心を宿すのが仕事でしょ? それがないなんて自分の腕がわるいって言ってるみたいなものだわ」
「違うな」
ここぞとばかりに非難する美心に、瑠璃丸は反論した。
「俺の仕事は美しいドールを造ることだ」
「そりゃ、そうだけど」
「醜い人間とは違う。ドールは美しければそれでいい」
「そんなことないでしょ。心あるドールを造りなさいよ」
「ふん。おまえは何もわかっていない」
瑠璃丸は告げる。
「ドールに心なんて必要ない」
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