1.7 無心

 落ち着いてこそいるものの、強い意思のこもった瑠璃丸の言葉に、美心は思わず言葉につまった。

 だが、我に返って、ふと思う。

「いや、いるでしょ、心」

 むしろ、ドールの前に、瑠璃丸にこそ思いやりの心が必要だと美心は言ってやりたかった。

 一方で、瑠璃丸の方は、まったく気にするふうもなく、

「それは違うな。そもそもドールとは――」

 と再度否定しようと口を開いたが、しかし、ため息をついて留めた。

「いや、いい。おまえと議論しても時間の無駄だ」

「なんだと!」

 まぁ、瑠璃丸とドール論争なんてしたくもないし、できるとも思えないのだけれども、あんなふうに話通じないアピールされるとむかつく。

「言いなさいよ! 悉く論破してあげるから!」

 嫌いな奴との喧嘩は、片っ端から買ってしまうのが、自分のわるいところだと美心は思っていた。

「おまえのおつむで、どうやって俺を論破するんだ?」

「にゃ! またバカにした!」

 だが、今日は目の前のクズがわるい。

「いいから、バカはさっさとドールを選んで買って喜んで帰れ」

「そんな言い方されてエンジョイ・ショッピングできるか!」

 怒りつつも、この流れだと美心は察した。

 買おうと思っていたが、瑠璃丸の話し方、態度、顔のすべてがむかつから、購買意欲が失われた。

 そう示すことができれば、正々堂々とこの場を去ることができる。

 決心した途端に、美心は怒りの暖炉に自らせっせと薪をくべ始めた。

「もう頭きた! こんなに非常識な奴の店で買い物なんて絶対しない! もちろんお金が無いわけではないけれども!」

「あぁ、それがいい。おまえのように美しさの、うの字もわからん奴に貰われるドールがかわいそうだ」

「あんたみたいなひねくれ者のところにいるよりはマシだと思うけど!」

「あぁ、たしかに脳みその詰まり具合ならば、おまえの方がドールに近いから気が合うかもな」

「あんた、会ってから悪口しか言ってないからね! 何? そういう病気なの!?」

「おまえがブスなのも病気なのか?」

「こっんの、性格ブスがぁ! その口縫い合わせてやる!」

 もはや演技なのか、本気なのか、自分でもよくわからなくなっていた美心は、そのまま感情に任せて手を振り上げた。

 いや、振り上げてしまった。


 ガン!


 棚の三段目にある人形に思いっきり手が当たる。

 手の甲にぶつかった感触は、意外と固く、やはり人のそれとはまったく異なっていた。そして、何より、その軽さが伝わってきた。


「「「あ」」」


 ゆえに、衝撃はドールを弾き、棚から突き落とすには十分な力であった。


 ガラン!


 それは紛れもなくは破音であり、床で横たわるドールは、明らかに重体な姿勢をとっていた。

 瑠璃丸は小さくため息をつき、直登は額に手を当てて、美心はというと呆然と立ち尽くしていた。

「やったな」

「やってしまいましたね」

「やっ! ちゃっ! たぁ!」

 我に返って、美心は叫ばずにはいられなかった。

「ねぇ、壊れた? いや、壊れてないよね? そんな軟な造りじゃないよね? だって高いんだもん! そんな簡単に壊れないよね! というか、私わるくないよね? わるくないよね! こんな、こんなちょっと手が当たっちゃうくらいのところに置いてあるのがわるいよね! ていうか、瑠璃丸! 瑠璃丸が私に悪口ばっかり言うから、ついカッとなっちゃって、だから!」

 言い訳を並べ立てた美心であったが、しらっとした二人の視線に、しゅんと口を噤んで、

「ごめんなさい」

 小声で謝った。

 はぁ、とため息をついて、直登はドールに手をかけた。

「これは、右腕にヒビが入っちゃってますね。あと、額を擦ってます」

 言いながら、直登は瑠璃丸のもとにドールを運んだ。

 ドールを受け取った瑠璃丸は、医者のようにドールの体を触診して、その体が描き出す曲線の歪みを確認していた。

「直せそうですか?」

「修理に三日といったところだな。割れ口がきれいなおかげで、痕はあまり残らないだろう。ただ、服は長袖に新調した方がよさそうだ」

「だ、そうです」

 直登は、美心の方に笑いかけた。

 どうやら、心配してくれていたようだ。やはり、この美青年はよく人間ができている。

 密かに美心がときめいていると、直登は不穏な言葉を続けた。


「三日後にまた引き取りに来ますか? 郵送もできますけど?」


「……え?」

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