第12話 匿名性の高いコイン

春を前にしてヒナちゃんと僕は付き合い始めた。付き合う前とほとんど変わらないが・・・。

お互いの関係性が変わらないので学校では誰にも二人が付き合ってることは気づかれない。ちょっとだけ変わったことといえば僕らがお互いの家を行き来することが多くなったぐらいだ。

キスといっても照れるのでほっぺにチューのほうが多い。この辺がやっぱり僕らは小学生なんだろうなぁ・・・と思う。

デートは近くの公園だったり夏に海浜浴場になる海辺を散歩したりしている。近くの海浜浴場はキレイに舗装されていて10mほどの一定間隔でヤシの木が植えられている。海外の海辺を思わせる雰囲気がある。

そこに夕日が差すととってもロマンチックな気分になれるのでミナトは気に入っていた。

あとはやっぱりヒナちゃんの買い物が多いかな・・・。でも、まぁ悪くない。

好きな人がカワイイ服を着ているだけで僕も嬉しくなるから・・・。

デート代はすべてミナト持ちである。ヒナちゃんが欲しいものを買うときはミナトは「半分まで出す」という条件をつけている。

ミナトからすれば全部出してもよかったが、どこかで相手が気を使ってしまうとお互いの関係性が壊れそうで怖かった。

・・・・なので、ヒナちゃんが欲しいものを買うときは半分は自分で負担してもらっている。

ミナト「投資してお金が増える状態ならいいけどお小遣いで毎月やりくりするのって大変だろうなぁ・・・」と思った。

ましてマイニングで定期的に仮想通貨のコインが増える術を知っているので彼にはお金が減るという感覚が薄れてしまっていた。


気づけば彼は立派な投資家である。お金がお金を生む。自分がお金を使っても使っている感覚がない。消費として使うお金よりも投資したお金が増えるほうが早い。


お金持ちの黄金律や錬金術があるとすれば、それは年齢や学歴に関係なく誰でもできる投資である。世に名を遺した起業家たちも一般的な家庭で育った人であり、何か特別な環境があったわけではない。中には一般家庭よりも恵まれない家庭環境で育った人もいる。

彼らが起業して積み重ねたものといえば「投資」である。

人を育てる投資、設備に対する投資、宣伝するための投資、ノウハウを買うための投資、働く場所を確保するための投資。すべてが投資対象になっている。

一般人よりも多くのお金を使っているが彼らには使っているという感覚がない。それは何倍にもなってあとで還ってくることがわかっているからだ。


ミナトは投資の原点に立っている。仮想通貨の未知の可能性に対する投資を行っているのだ。


2月を過ぎて取引所で販売されている仮想通貨の価格がすべて上がった。

ミナトの分散投資は成功して保有している資産は60万円を超えた。

両親やヒナちゃんのお父さん、タケル君のお父さんたちは大喜びだった。きっと僕の利益のさらに数倍の利益があったに違いない。


小学校の卒業も間近になった。小学校を卒業した後の休みにヒナちゃんの家族は海外旅行に行く予定になった。その話をお母さんに話したら「うちもどこか行こうか?」とお父さんと嬉しそうに旅行のパンフレットを見始めた。

ミナト「旅行の行先は両親に任せるとして・・・・。さぁ僕はいつも通り仮想通貨の情報サイトで情報収集だ」


仮想通貨の情報サイトでは今回のコイン全体の高騰理由が書かれていた。

いくつかの理由があったがその中でもミナトが興味を惹かれたトピックスは「匿名性の高いコイン」だった。


匿名性が高いコインとは一体なんなのか?


そのトピックスの情報を見るとビットコインよりも匿名性が高いコインが存在することがわかった。

ジーキャッシュ、モネロ、ダッシュなどだ。さらにそれらのコインは世界でもっとも危険なサイト「アルファベイ」で決済に使われることが決定していた。


ミナトからすればダークサイド市場というだけでも恐ろしく感じたが世界では闇の取引は当たり前のように存在している。

内戦やテロ、マフィアは一体どこから武器を手に入れているのか?

彼らが一から作っているとは考えにくい。

高度な武器になればなるほどそれを製造している人たちから買っていることになる。

その取引もついにネット通販を導入したということだった。

彼らは身元がバレるわけにはいかないので決済方法として匿名性の高いコインに目をつけたようだ。


世の中には戦争や争いごとを”マーケット”と捉える人たちが存在している。彼らはそこに武器を卸して資金を得ているのだ。資金は新しい武器の開発や組織の資金源として蓄えられている。

ミナトはショックだった。「仮想通貨がそんなことに使われているなんて・・・」とつぶやいた。


彼には夢の通貨、魔法のコインであり、これからどんどん社会が良くなり必要としている人がたくさんいるというイメージしかなかった。


まだ小学生の彼には「良いことにしか使われない」という固定観念のもと、投資として仮想通貨を始めたのだ。裏切られた気分になったのもムリはない。


それに既にジーキャッシュもダッシュも買ってしまっている。個人としては持っているコインの価格が上がった、利益がでた、ただそれだけで良かったのかもしれない。

ミナトは少しずつ”大人になる”ことを理解した。


純粋無垢で真っ白な心では一生は生きられない。どこかで汚れるんだ。でも、汚れるから大人になれる。そんな気持ちになった。


自分が投資しているコインが「悪いことに使われている」というのは自分もそれに加担しているような気分だった。


「なんともやりきれない・・・・」でも、個人の力ではそれをどうすることもできない。まして自分は小学生で未成年でちっぽけな存在なんだ。今の生活だって親の保護のもと暮らせているんだ。そんな世界のダークサイド市場なんて・・・・僕にはどうにもできない。


インターネットには「どうしてそんなものが存在しているのだろうか?」と思うものがある。それは規制の目を掻いくぐって存在しているのか、それとも合法なのか、そんなグレーゾーンも存在している。ミナトにはわからない世界が無数に広がっている。

彼にできることは投資家として仮想通貨を好きでいることぐらいだ。


大人でもそういうサイトには触れない。ただ海外ではそういったサイトも当たり前のように存在しているのは事実だ。

インターネットで情報を集めるというのはときに子供にとって残酷である。


ミナト「今日は情報収集はここまでだ!よし、Youtubeで面白い動画を観よっと♪」

悩んでも仕方がないとき、自分の力が及ばないとき、リラックスして頭を切り替えることは大切である。


きっとそれらのコインも「良いことにも使われているはずだ」という気持ちも心のどこかにあった。基本が楽天的なミナトはイヤなことはすぐに忘れる性格である。

面白い動画を見始めるとスッキリとさっきまでの曇った顔は晴れになっていた。


実際、仮想通貨は良いことにも悪いことにも使われている。それは需要があるから供給されるの原理である。それが存在すること自体が必要とされていることを意味している。世界では白と黒だけではなく、ときにはグレーゾーンも存在している。

法律や警察に頼れない国もあり、自分の身を自分で守る必要がある国もある。

世界では野蛮な暴力に対して抑止力になる暴力も存在している。


人は生まれた環境に順応する。そういう国で育った彼らは彼らなりのルールがあり、それは平和主義の日本ではわかり得ないルールだった。

宗教や暴力の影響を受けて育てば、「それがすべて」と考えるようになる。


まだミナトはすべてを見渡せる位置にはいなかった。山を見上げている状態なのでこれらのことを理解するまでに時間がかかった。

インターネットという世界の扉が少しずつ彼の心に働きかけている。そして、世界の現状を知り、彼はまた一歩大人へと近づくのであった。

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