ひとり

私はひとりである

 私はひとりである。

 私はひとりで始めなければならない――私が始めたのではないにもかかわらず。

 私はひとりで終えねばならないだろう――私が終えるのではないにもかかわらず。

 私の始原と終末とのあいだにはただひとつを除いてなんの連関もない――私の始まりは私の終わりを含んでいないし、私の終わりは私の始まりとは隔たった終わりであるだろう。私とはこれらふたつの互いに触れあうことのない端緒の狭間である。私はひとりでこの狭間であり、そうではないことはないだろう。

 私が身をもって知っているのはただこれだけであり、その余の事柄はすべて付随的な事象、概念であるというにすぎない。私は世界に私よりほかになにがあるのか知らないし、それがどのような仕組みのもとで駆動しているのか知らない。ときおり私の周囲で充溢した世界が力強く運動し、華々しく展開していると感じることもあるが、この感覚は根拠を欠いている。それは感覚というよりも期待であり、あるいは私でない世界が文字どおり私とはまったく異なるものであってほしいという無邪気で幸福な夢想にすぎない。

 私の願いはもっと密やかなものであり、私に与えられたごくわずかな知識の素朴な裏返しにすぎない。私はひとりなので願いは私だけのものに留まり、そのまま朽ちてゆくに違いないが、終末を欠いた私がその行くすえを知ることはない。始まりと終わりを持たない私に似つかわしいのは私の期待の成就や断念ではなくたんなる隔離であり、その全面的な適用としての時間の剥奪だろう。私は私の時間を持たず、私自身からさえも思いだされることがない。私はすでに忘れ去られており、いつでもすでに忘れ去られている。すなわち私はひとりであり、私はすべての、私そのものに対してさえも狭間なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る