第9話 お菓子な王様。

ハロウィング朝パティスリ王国。それは全てがお菓子によって支配された国。王国民はお菓子無しで生きられないのである。お菓子こそ、国を動かす源なのである。

そして、今、国王の御前でお菓子合かしあわせが行われてようとしていた。既に、シャルロット姫、ショコラ姫、その御付きの者達に加えて、大臣、貴族の殿方等も玉間に列していた。

「あれが、シャルロット姫?」

「そうです」

と、タルトさんが答えた。

確かに派手である。思いっ切り髪を巻いているし。指輪やら、ネックレスやら、身に着けている宝飾品がやたらとデカい。おまけに気位が高そうだ。先程から盛んに、こちらに視線を向けられるが、丸で睨みつけているかのようだった。

ショコラ姫も胸を苦しそうにしている。

「姫様、御気分が?」

「大事無い。気にするでない」

と、突然、トランペットによるファンファーレが鳴り響いた。

「ハロウィング朝パティスエ王国元首、スィトゥルイユ陛下の御成~り!」

居並ぶ者達の動きに合わせて、俺も頭を下げた。陛下は玉座にお座りになられたらしく、皆、頭を上げた。

俺も頭を上げて、そっと陛下をチラ見した。

「なっ!」

「ナオト殿、如何なされた?」

と、タルトさんにただされた。

「いや、陛下の頭の上に、王冠にオレンジ色の蒸しパンのような物が載っているんですが」

「それが何か?」

「 あっ、いや……」

ここはお菓子の国だ。あれがこの国の常識なのだ。王冠をきらめく宝石類で飾り立てるのでなく、菓子パンを乗せるのだ。

明らかに可笑おかしい事なのだが、この王国の人達にとっては可笑しくないのだ。

「御列席の皆様方。本日のお菓子合おかしあわせ、陛下より金融大臣を仰せつかって御座るそれがし、クロク・ムシューが執り行いまする。では、先ずはシャルロット皇女妃殿下、御付きのお菓子職人アント・ルメのお菓子より、御前へ出されよ!」

ケーキっぽいお菓子が、お菓子職人の手から侍従に渡された。

「タルトさん、あちらのお菓子職人は、あの男ですか?」

「如何にも」

という事は……そこまでして、皇族の御付きのお菓子職人に。おぞましい。とても真似出来ない。俺は腰を引いた。

そうこうしている内に、お菓子が陛下の元に差し出された。ナイフとフォークを使い、一口サイズに切って、口に。

「ぬおっ、暖かい!」

陛下の御言葉に、御列席の方々から、おおーと、どよめきが起きる。

「中に忍ばせてるのは、林檎じゃな? どうだ?」

「如何にも。陛下が林檎が好物だと、小耳に挟みましたので」

と、アント・ルメが答えた。

「美味である」

「有難き御言葉! 恐悦至極に御座います」

「うむ……では、名付けよう。"シャルロット・ポ・オム"ではどうかな?」

「おおぅ!」

という歓声と共に、拍手が巻き起こる。

「皆、賛成のようで御座います、陛下」

「良きかな」

陛下は満足気に、二口、三口とお召し上がりになられる。が、なおも止まらず、更に切り分けようとなされる。

「国王陛下。余り、お召し上がりになられては。次が御座います」

と、クロク大臣が諫言した。

「おお、そうじゃった。済まぬ、済まぬ。余はお菓子に目が無いのでな」

陛下の一言に、今度は場がなごまれた。

「では、ショコラ皇女妃殿下、御付きのお菓子職人。菓子職人……これ」

と、メニューらしき物を手にしたまま、クロク大臣が侍従の一人を呼び寄せる。

何かを言いつけられたその侍従がこちらに飛んで来た。

「タルト殿、そちらのお菓子職人の名が記されていません」

「何とした事……」

と、タルトさんは絶句した。姫も、ネージェも、コルネも、ルシールも、皆、顔を見合わせるが、動揺しまくり。名前を考えるのを完全に忘れていたらしい。

「何というお名前で?」

と、侍従はかす。

俺は頭をフル回転させた。女の子らしい名前、女の子らしい名前……

「アマーナです。アマーナ・トウ」

そう言い放ったのは、コルネであった。危機は救われた。

「失礼をば致しました……では、ショコラ皇女妃殿下、御付きのお菓子職人アマーナ・トウのお菓子を、御前へ!」

俺はお菓子が乗せられた御盆を、侍従に手渡した。そして、侍従の手から、陛下の元へ。

あぁ、もう、心臓が張り裂けそうだ。

陛下が切り分けて、お口に……

「んん、これは何だ?」

陛下のその驚きように、場が静まり返る。

「アマーナ譲よ、答えよ!」

と、陛下がこちらを睨み付けられる。

「豆に御座いまする」

「豆だと?」

「はい。砂糖で甘く煮詰めた豆をあらきざんで、生地に混ぜ、薄く焼き上げました」

「豆を甘く煮るとは。そのような事を考え付こうぞ、あぁ!」

と、陛下は両目を閉じられた。

「しかし、それだけでは。これは? この不思議なソースは何じゃ?」

「焼いた生地を冷まさせた後、その上に、マーガリンとクリームを混ぜ合わぬよう平行に並べて、丁寧に巻き上げました物に御座います」

「おぅおぅ。そうであったか。マーガリンとクリームの味が直に舌に届いて、そして混ざり合い、更に、甘い豆と、柔らかくもあり、パリッとした生地の食感が加わり。そう。二組の、相反するカップルが手を取り合い踊り、やがてめくるめく愛を語り合う四重奏。将にそうしたお菓子じゃ!」

と、陛下はひどく興奮しておられた。

「名付けよう。クレープ・アマーナ・トウ!」

それまで、余りの出来事に、誰も喋らずにいたが……パチパチと、一人、二人と拍手し出し、しまいには豪雨の如き拍手が玉間に鳴り響いた。

「勝敗は決したようですな」

と、クロク大臣がこちらに微笑みかけた。

「はぁー」

と、俺は肩の力が抜けて、一気に息を吐いた。

「手柄です、ナオト殿」

と、タルトさんが拳を握り締めた。

「心より感謝します」

と、ショコラ姫は短く述べた。安堵なされたか、御顔の色も回復されていた。

ネージェ、コルネ、ルシールの三人も喜びを我慢しきれないでいた。

「さあ、こっちに来い!」

「ひえっ。あぁ。姫様、シャルロット姫様、お助けをっ!」

「こら、黙って歩け!」

何卒なにとぞ、何卒御お助け。ああぁ……」

シャルロット姫の御付きのお菓子職人、アント・ルメが従兵らしき人達に、かなり乱暴な扱いで、外に連れ出された。かなり異様な光景であった。

「彼は一体……何かされるので?」

と、俺は疑問をぶつけたが、誰も口を結んで答えない。

「お菓子合かしあわせに負けたお菓子職人は、地下牢送りになるので御座います」

と、コルネが無邪気に答えた。

「ち、地下牢っ?」

「はい。一度入ったら、一生出て来れないので御座います」

俺は速攻でショコラ姫とタルトさんを見た。

「何で黙ってたんですか? こんな重要な事を」

「しっ、声が大きい」

と、タルトゥさんとがめられた。

「本当の事を話したら、怖気付かれてしまうでしょう?」

「そりゃあ、そうですけど……しかし、地下牢だなんて、そんな殺生な」

「その昔、お菓子合が最初に始められた頃は、手持ちのお金や宝石類などを賭けて行われていたのですが。その内に段々とエスカレートして、額が大きくなり。遂には自分の奥方や、領地まで賭けられて、没落する者やら、殺傷沙汰が続発する始末。このままでは国自体が危うくなるという事で、それを防ぐ為、負けたお菓子職人には厳罰を下すという決まりが、先の、前国王の時代に作られたという訳です」

最もな決まりではあるが……危うく、元の世界に一生戻れぬ所であったかと思うと、生きた心地がしない。背中がゾッとした。

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