第20話

  ☯


 悪神あくしんは巨大であった。


 目玉はないが、目玉がない分、感覚は敏感らしい。すでに青葉ちゃんの存在を捕捉している。


 悪神あくしんは巨大な口を少しずつ開き、青葉ちゃんを食らおうとした。


「さようなら……」


 青葉ちゃんは覚悟した――が……。


「……蛭子くん」


 俺を思い出し、涙が……――優しい人に出会うことなんて、ないと思ったのに――。


「――死にたくない」


 青葉ちゃんは、あふれてくる感情に従いながら。


「こんなところで死にたくない。わたしは蛭子くんと一緒に暮らしたいっ! 嫌だっ! これが最期だなんて思いたくないっ! 思いたくない……のに――」


 ――もう、無理……。


 そんな声が青葉ちゃんの中で響く。


 その言葉、感情から目を背けたかった。


「――あっ……」


 悪神あくしんの口が完全に開く。


 あとは、その口を閉じるだけ。


 閉じるだけで青葉ちゃんの人生が終わる。


(……さようなら――)


 ――青葉ちゃんは悟ったのだ。自分の人生が終わることを。


 悪神あくしんは、そんな青葉ちゃんの思いをくみ取り、口を閉じようとする――瞬間だった。


「こんっの……ばかやろうがあああぁぁぁぁっ!」


 悪神あくしんは吹き飛んだ。


 海の――遠方の――彼方まで。


「――!」


 青葉ちゃんは気づいた。


「……あっ……ああ……」


 悪神あくしんを吹き飛ばした、その正体に。


「……蛭子……くん……」


 その正体は俺だ。


「……蛭子くん……どうして……こんなところに……」


 青葉ちゃんは戸惑った表情で俺を見る。


 そんな彼女に俺は――。


「――青葉ちゃんって、ほんとに……ばかだったんだな」


「……えっ?」


「青葉ちゃん、君は本当に……他人の話を信じすぎる」


 俺は優しさと悲しさが混ざった顔で。


「君は、もう少し……自分の存在を認めたほうがいい。そうすれば、君は……誰よりも魅力的な人間になれる」


「…………」


 青葉ちゃんは涙を流し、俺を抱きしめた。これ以上ないくらい、ぎゅっと。


「……ごめん、なさい。わたし、本当は気づいていたの。わたしは、心の中で自分の存在を認めていた。だけど、わたしは自分を否定して、口実をつくって、逃げようとしていた」


「…………」


「全部、わたしが望んだことだったんだ。わたしは蛭子くんが好き。こうして、わたしのことを助けてくれる蛭子くんが……」

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