第7話

  ☯


 俺は言った。


「……空を飛んできたんだ」


「空を……飛んで?」


「そう。俺は……自転車で空を飛んできたんだ」


「……えっ?」


 青葉ちゃんは思った。


(本当に頭がおかしくなってしまったのかな? そう思うのは失礼かもしれないけど……)


「それで俺の自転車は?」


「自転車? それは……」


 青葉ちゃんは俺を運ぶだけでも手いっぱいだった。


 あの海では悪神あくしんがいつ現れるかわからないからだ。


 早めに自らのアパートに運び込むことだけでも青葉ちゃんの成果は十分だった。


「ごめんなさい。君の近くにあった自転車は置いてきてしまったの。君が倒れていた海岸に」


「……そっか」


 俺は続けて言った。


「助けてくれたこと……感謝するよ。俺が回復するまで、こうやって見ていてくれたわけだし。普通はしないぜ。この日本ひのもとでは……な」


 俺は振り返ってしまった。昔の記憶が映し出されているような気がした。


「青葉ちゃん、本当に……ありがとう」


「…………」


「青葉ちゃん?」


 青葉ちゃんは俺から目をそらす。


(わたしは……醜い人間なんだ……だから……そんな……思われることなんて……思ってほしいとか思ったりして……だから……わたしは……)


「……違うんですっ!」


「へっ? ……はい?」


「わたしは普通じゃないんですっ! 気にしないでっ!」


 青葉ちゃんは俺に心を込めて言った。


「そんなことより君は体調の心配したほうがいいと思うんだけど……大丈夫? なにも異常はないの? なんでも言ってよっ! なんでもするから……ね?」


「……なんでも?」


 俺は、あどけない少女の体を見る。


 ある部分を除けば平均的な体型ではある。


 すらっとしているようにも見えるが、出るものは出ている。主に胸部が。


 青葉ちゃんの胸は大きい。俺が見た女性の中で一番ではないものの……それなりに大きい。


 まだ誰にも触れられたことがないような純粋さを感じさせられる。


 それに青葉ちゃんの顔立ちは整っている。童顔だ。


 うるっとした大きな瞳は、なにかを主張しているような感じで、唇は淡い桃色である。


「……どうしてほしいの?」


「……えっと……なあ……」


 うっかり心の中に湧いた煩悩を振り払って、ごまかすように言った。


「ここでしばらく生活をさせていただけないだろうか?」


「ここで?」


「ああ。俺がこの地に来た目的は陰陽院おんみょういんに入るためなんだ」


「……そう、なんだ……」


 青葉ちゃんは複雑そうな表情で俺を見る。


(彼も陰陽院おんみょういんの人間になってしまう。彼もわたしを……)


「……どうかした?」


 俺は彼女に問いかけた。

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