第5話

  ☯


 すぐに青葉ちゃんは接吻せっぷん――要するにキス――をした……わけではなく人工呼吸だ。


 口から口へと息を送る。


 それから青葉ちゃんは俺の胸を垂直に圧迫していく。


 速いテンポで、小刻みに。


(うわあ、男の人の胸ってこんなに硬いものなんだ……)


 青葉ちゃんは人工呼吸を繰り返す。


(これでいいのかな……。でも、なんでわたしは人助けなんか……)


 青葉ちゃんは不安になる。こういう場合、人の助けが必要になる……が、青葉ちゃんの周りには誰もいない。


 広輪京こうりんきょう――この地域は三百年前に比べると人は多いが、この地により来る悪神あくしんが出現することによって、人は海に近づこうとはしない。


 青葉ちゃんは絶望していた。もともと青葉ちゃんは、この海で死ぬ気だったのだ。


(だけど、こんなわたしでも人を助けることができたら少しは報われたりするのかな……)


 そんな鬱屈した想いで青葉ちゃんは俺を助ける動作をする。


(そしたら、わたしのことを人々はちゃんと見てくれたり、認めてくれたりするのかな……)


 その曇った心で青葉ちゃんは俺が目を覚ますのを願った。人工呼吸を繰り返しながら。


「……ん……っ」


 俺が声を発した。それに青葉ちゃんは気づいた。


(よかった! なんとか息を吹き返した! やった! わたしでも人の役に立つことができたんだ!)


 青葉ちゃんは卑屈な感情をにじませながら喜んだ。


「とりあえず、わたしの家に彼を……」


 俺を見て決意する。


(わたしは生きるんだ。「非魂ひこんの巫女」ではなく「人助けの巫女」として、この世界に真実を突きつけるんだ。わたしは人の役に立てる人間なんだって!)


 そんなことを考えている青葉ちゃんは俺の不可解な挙動に気づけなかった。


「……果実」


 やっと口を開いた俺に、ちゃんと声を聞き取ろうと青葉ちゃんは身を乗り出す。


「果実?」


「大きな果実……大きな果実がある」


 俺の目は開いていたが、まだしっかりとは目覚めていなかった。まるで幻を見ているかのような雰囲気。


 青葉ちゃんは聞き返す。


「大きな果実って? えっ? なんのことかな?」


「目の前に大きな果実が二つある。たわわに実った大きな果実が二つも……生きていてよかった。これは神さまが与えてくださった俺へのご褒美なのですね」


 首をかしげる青葉ちゃん。


(いったい、なんの話をしているのだろう?)

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