第9話 幻と恋
おれの心臓が・・・・いや、恋の心臓が、おれを呼んだ。恋の危険を知らせた。
おれが駆けつけると、現場は、まさに戦場のようだった。
警備に当たる警察の目をかいくぐって、現場内部に入り、おれは、恋を探した。
いた!
煙が吹き出している建物の入口付近で、作業員を運び出そうとしている。
が、その瞬間、耳をつんざく爆音が!
おれは、恋に向かって全力で走り出した。一瞬の状況判断。建物の外ではなく、いったん中へ――おれの経験が、そう告げた。恋を押し倒すように、建物の中へ飛び込んで行った。
薄暗く、煙が立ちこめ、息苦しい建物の中で、恋の安否を確認する。気を失ってはいたが、どこにもけがはない。恋は無事だった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
私は、あの一瞬、何かを叫んだ。大音響で、自分の声がかき消されたが、私は、確かに、あの時、何かを叫んだ。何かを・・・・だれかの名前を・・・・
そうだ! 幻だ。幻!と叫んだのだ・・・・
朧な意識の中で、私はそんなことを考えていた。
「・・・・ん!」
「・・・・れ・・・・ん!」
「・・・・れん!」
「恋!」
その声に、なんともいえない懐かしさを感じて、私は、ハッと目を開けた。目の前に、懐かしい顔があった。
「恋、大丈夫か? けがはしてないみたいだけど、痛む所はないか?」
「幻! 幻だ! なんで幻がここに? 幻が私を助けてくれたの?」
ずっと蓋をしてきた記憶の、その蓋を、私ははずした。
「あっ、そうか、私の心臓が、幻に伝えてくれたんだね。私の居場所と、私の危険を・・・・。
ありがとう、幻!」
「恋、無事で、よかった!」
幻は、泣いていた。
ふと、幻の全身を見た。
「・・・・!」
太い鉄パイプが、幻の身体を貫いていた!
「幻! あなたけがを・・・・!」
だが、よく見ると、血が出ていない。
驚いた顔を向ける私に、幻が言った。
「言ったろ。おれには心臓がないって。だから、血も出ないんだ。
そんなことより、恋。ここから早く逃げろ! 外へ出ろ! また崩れるぞ!
おれにかまうな! おれは大丈夫だから。おれは、死なないから! 死なないようにできているから!」
でも、その時、私は決めた。
「幻。私は、あなたと一緒にいる! 今日、ここで、今の私が死に、私のこの時代での人生が終わるのだとしても、今、私はあなたと一緒にいたい!
お願い。だから、一緒にいさせて!
そして、聞かせて。私と幻のこれまでのこと――私と幻のこれまでの出会いと別れを。私が知らない、私と幻の秘密を」
★ ★ ★ ★ ★ ★
おれは、必死に、恋を説得しようとした。頼むから逃げてくれ、おれに関することはまた忘れてくれ、記憶に蓋をしてくれ、と。そうすれば、恋は、今の人生を続けることができるんだ、と。そして、おれもまた、今の恋の人生を見守ることができるんだ、と。
「恋の死を見たくないんだ! あんな悲しみ、苦しみ、痛み、切なさ、孤独は、味わいたくないんだ・・・・」
そんなおれに、恋が言った。
「全部を知ると、私は、きっと死んじゃうんだね。そして、多分、私が幻に想いを伝えても、私は死んじゃうんだね。そういうことになっているんだね。今、なんとなくわかった」
そして、言った。
「なら・・・・、だからこそ、私は、聴きたい。私が死んだ後の、幻の悲しみ、苦しみ、痛み、切なさ、孤独を、少しでも軽くしてあげるために。
だって、幻は、私の死を自分の所為にしてるんでしょ? 自分とかかわったから、私の命を縮めたと、自分を責め続けてきたんでしょ? だから、私とのかかわりを断って、遠くから見守ることに徹してるんでしょ?
でもね、幻。それは違うよ。私は、幻が好きなの。愛しているの。その想いを伝えられたってことは、それだけで、とても素敵なことなんだよ。幸せなことなんだよ。きっと、今までの私だって、そうだったに違いないと思う。
私が、幻に、私の想いを伝えたことによって、たとえ私が死ななければならなかったとしても、それは絶対に、幻の所為なんかじゃないんだよ。私は幸せだったんだよ。今、幸せなんだよ、幻!
私を失ったという幻の悲しみや苦しみや孤独がどれほどのものか、私には理解できないかもしれないけど、でも、私といた幸せを思って! この時代に生きた私に、自分の想いのすべてを伝えた。そして、私も、幻のことを理解して、幻に対する想いを伝えた――それが、きっと、幻を救うことになるはずだから・・・・」
涙を流しながら、でも、笑顔でそう言ってくれた恋に、おれは、おれの知る限りのことを話した。
★ ★ ★ ★ ★ ★
話し終えたおれに、恋が、明るく言った。
「たぶん、私たちは、ここから出られずに、この時代の生を終えるんだと思う。そして、また、違う時代で会うんだね。
ねぇ、幻。たまには、こんな人生もいいと思わない?
幻は、いつも、たった一人で、私の死を見て、苦しんで、悲しんできてくれたけど、今回は、一緒なんだよ。一緒に、この時代で死を迎え、この時代の生を終えることができるんだよ。私は、幸せだな。すごく幸せ!」
そして、いたずらっぽく、笑いながら、恋が言った。
「ねぇ、幻。今度はどんな時代だろうね?
そうだ! 今度は、無視とか、邪険にするのとかはやめてよね。女の子は、傷ついちゃうんだから!
ちゃんと会いに来てね。私待ってるから!」
「ああ、必ず、会いに行く!」
おれたちは、キスを交わし、お互いに、力一杯抱きしめ合った・・・・。
大きな爆発音とともに、おれたちは、この時代での生を終えた・・・・。一緒に・・・・。
おれの中で、何かが、変わり始めたことを感じながら・・・・。
恋のぬくもりを感じながら・・・・。
輪廻 泡沫 空 @utakataku
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