第7話 3000年

 ガシャーンという音とともに、いきなり、倉庫のドアが蹴破られた。

 息を弾ませて、幻が入って来た。薄暗がりの中でも、明らかに怒っているのが、私からもわかった。

 「なんだ、てめぇ!」

 私を拉致した男たちが、邪魔者の登場に、イライラした様子で言った。全部で8人もいる。

 でも、幻は、まったく動じなかった。

 「恋を返してもらう!」

 「あーん?  てめぇ、何言ってるかわかってんのか?  なんもできねえ高校生が、カッコつけてんじゃねぇぞ!」

 男たちは、ドスのきいた声で、幻に言う。それぞれが、手に、ナイフや木刀、鉄パイプ、スタンガンなどを持っている。「ボコボコにしてやる!」と、卑屈な笑い声を上げながら、幻に近づいて行った。

 それでも、幻は、動じていなかった。

 「恋、怖かったろ?  待ってろ。今、助けてやるからな」

 私を見て、幻はそう言った。

 なぜか、信じられた。安心できた。

 1対8――普通に考えれば、幻に勝ち目はないのだが、なぜか、負けるはずがないと思えた。

 私は・・・・、幻のこと、知ってる・・・・!  ずっと、ずっと前から知っている!

 そう感じた。


  ★  ★  ★  ★  ★  ★


 幻は強かった。圧倒的な強さだった。ナイフを躱すと同時に、手掌で一撃を繰り出す。木刀を躱すと同時に、また一撃を繰り出す。一人一撃。

 カウンターで幻の一撃を浴びた男たちは、次から次に、その場で意識を失って、倒れていった。

 その戦いっぷりは、私には、美しいとさえ思えた。


  ★  ★  ★  ★  ★  ★


 「ありがとう、幻」

 「葛城君」ではなく、「幻」と、私は呼んだ。そのほうが、私にはしっくりきた。ずっとそう呼んできたような気がする。

 私は、自分の心が命じるままに話した。たとえ、それが、普段ならどんなに非常識に思えるようなことであっても。

 「私、幻のこと、ずっと前から知っているような気がする。子どもの頃からとか、そういうんじゃなくて、それよりも、もっともっと、ずっとずっと前から・・・・。私が生まれる前から・・・・。ううん、そのもっと前から・・・・。

 なんでだろうね。とにかく、そんな感じがするんだ。

 ねぇ、そうなの?  幻は、私のこと、ずっと前から知ってるの?」

 私の紐をほどきながら、少しはぐらしたように、幻は言った。

 「3000年も生きてりゃ、戦い方もうまくなるさな。たかが2~30年しか生きてないひよっこの若造なんかに、負けるはずがない。

 怖い思いをさせて、ごめんな、恋」

 そう言って、幻は私の涙を拭い、私の頭をなでた。

 私は、その幻の手の感触を知っている! やさしく、私の頭をなでてくれる、その感触を!

 3000年――幻はそう言った。

 3000年も前から、幻は生きてるのか?  私たちは、そんな昔に出会っているのか?

 理解を超えたことばかりだったが、幻の言葉はすんなり信じられた。そうなのかって思えた。なぜかはわからないけど・・・・。

 ただ・・・・。このことについては、もうこれ以上触れてはいけない気がした。これ以上聞いてしまったら、何か、大切なものをまた失う気がして・・・・。それが怖くて・・・・。

 「幻は、どうして、私が拉致されて、ここに連れて来られたことがわかったの?」

 私は、話を変えるつもりで訊いてみた。

 「恋の心臓とおれの心臓がつながっているからさ。いや、正確には、恋の心臓が、おれの心臓だからさ」

 「・・・・?」

 「この間、おれの脈が取れない、鼓動が聞こえないって言ってたろ?  その通りなんだ。おれには、心臓が、ない。恋の身体の中に入っているのが、おれの心臓なんだ。だから、わかるんだ。恋が今どこにいるか。何を感じているかが。

 おれは、いつでも恋を見守っているから。

 だから、恋は、今の恋の人生を精一杯生きろ!  おれが話したことも、おれの存在も忘れろ!  ただ、生きることだけを考えろ!」

 そう言って、幻は、私の前から姿を消した。

 私も、幻のためには、このことについて、これ以上考えないほうがいいと感じて、幻のことを忘れることにした。

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