第4話 心臓

 何度目のリセットだろうか。恋を失った悲しみ・苦しみの一つのどん底に辿り着いて、再び、おれたちの新しい人生が始まったのだった。

 時は、2010年春。

 場所は、新潟。

 県立新発田南高等学校普通科3年。

 恋は、東京から来た転入生だった。


 おれは、毎日、できるだけ、恋と目を合わせないよう、恋の視界に入らないよう、恋に近づきすぎないよう、心がけた。恋の注意を引かないように。おれはただ、恋の存在を感じていられればいい。恋と同じ空間にいられれば、そして、遠くから恋を見守っていられればいい。それ以上のことは求めてはならないのだから。

 おれは、恋が、おれなど気にとめないようにすることに、必死だった。なんとなれば、恋に嫌われてしまったほうがいい。そのほうが、恋は、今の人生を長く生きられるのだから・・・・。おれは、そう考えていた。

 おれの目の前で死ぬ恋を、おれはもう二度と見たくはないのだ。あんなに、苦しくて、悲しくて、切ない思いは、二度としたくない。何度も、何度も、味わってきたけれど、それでも、毎回、二度と味わいたくないと思うのだ。あんな悲しみは耐えられないと思うのだ。


 しかし、運命は、時として残酷だ・・・・

 いや、おれの場合は、運命は、常に残酷だ・・・・か


  ★  ★  ★  ★  ★  ★


 学園祭の準備中、恋が、恋のことをおもしろく思っていない女子グループの奴に、階段から突き落とされた。その時、階段の下に、たまたまおれが居合わせ、恋を抱き止めた。

 その時、恋に聞かれてしまったのだ。おれの心臓の音を・・・・。

 いや、正確には、心臓の音がしないことを・・・・。

 しまった!と思って、恋から離れようとしたおれの手首を、恋は掴んで、無言で、橈骨動脈を探し始めた。おれは、慌てて手を引っ込めようとしたが、恋は放さそうとしない。そして、怪訝な顔をする。次いで、おれの胸に手を当ててきた。もはやどうすることもできなかった。こんなシチュエーションは、おれと恋の長い長い出会いと別れの中で、一度もなかった。

 恋は、ますます、何が何だか、さっぱりわからないという顔でおれに聞いてきた。

 「私は、医者になるために、医学部を目ざしてるの。だから、時間がある時には、受験勉強だけじゃなくて、医学書なんかも読んでる。っていうか、脈がどこでとれるかなんて、小学生でもわかってる。

 でも・・・・なに?  葛城君の身体。どうして、脈がとれないの? 心臓に手を当てても、鼓動が感じられないの?」

 おれは、必死で、誤魔化すしかなかった。

 「いや・・・・、そんなことないでしょ?」

 そう言って、おれは自分の手首を取って、脈がとれると言ってみせた。

 「どれ・・・・」

と恋が言ってきたが、おれは、

 「ごめん、みんなに誤解されると水無月さんに悪いから」

と言って、その場を逃げ出した。

 あぶなかった!  なんとかやり過ごせた!


 そう、おれには、心臓が、ない。なぜなら、おれの心臓は、恋の中にあるから・・・・

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