第17話 結衣のクエスト
「はぁぁぁぁ」
結衣は深いため息をついた。
「本当に大丈夫?」
フィーネが心配そうに結衣の顔を覗き込む。
昨日、結衣とフィーネは学校長の元を訪れて、なんだかんだで、結衣の訓練生への昇格のテストとして、あるクエストを命じられた。
「王都から東にナムダ川というのが伸びている。それを辿って上流に50キロほど行くと、カヤック山というのが見えるはずだ。そこの麓に生息している『ギルミナート』という植物を採取してこい」
「ちょっとちょっと、学校長ちゃん、勝手に決めてもらっちゃ……」
フィーネがすかさず止めに入る。
「いいじゃねーか。別に失敗したからって、何かを失うわけじゃねーし」
「いや、私の命がなくなりそうなんですけど……」
結衣は少し躊躇した。王都の郊外というだけで、何もできなかった。ましてや今度は王都から離れた場所でのクエストだ。
「王都から50キロって言やぁ、十分王国のテリトリーの範囲内だろうが。ま、多少のモンスターやゴロツキはいるかもしれんがな」
「やっぱり!?」
「お前な、その位のリスクがねーと、クエストにならねぇだろ?」
「まぁ、そりゃそうなんですけど……」
「嫌なら、止めろ」
結衣は「うーーーーん」と唸った。オルランドの言うとおり、止めて今まで通りの生活を送るものいいかもしれない。でも、こんなチャンスはそうそうないかもしれない。
(あ、でも、フィーネさんに付いてきてもらえれば、なんとかなるよね)
結衣の心を見透かしたかのように、オルランドが釘を刺す。
「言っとくけどな、フィーネは駄目だぞ」
「えぇぇ!?」
「ったりめーだろうが! 神族のフィーネが付いていったら、試験にならなーだろう?」
「ううぅ、まぁ確かにおっしゃる通り……」
「ま、その代わりと言っちゃ何だが、フィーネ以外なら3人ほど連れて行っていいぜ」
そんなやり取りがあって、結衣はクエストを受けることにした。問題は、誰を選ぶか、ということだ。結衣は考え抜いた末、まずロッティとマックスに声を掛けてみることにした。自分が一時的にとは言え、総務課の仕事を抜けるのに、総務課から更に人を連れて行くのはどうかとも思ったが、フィーネに「大丈夫よ、こっちは上手くやっとくから」と背中を押された。
ロッティとマックスは二つ返事で了解してくれた。
「魔法は私に任せときな。攻撃魔法だけだけどね」
「俺はもちろん、剣術だな。久々の実戦ってのは、楽しみだぜ」
どちらかにお願いしようと思っていたのだが、課長のジーンも「いいですよ、カヤック山なら往復で3日ほどの旅路でしょう。そのくらいなら、私とフィーネさんでなんとかできますからね」と言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
問題はあと一人。結衣は脳みそをフル回転させて、これまで会ってきた人の中から、誰かいないか考えてみた。施設課に相談に言ってみると、課長のライマーが「そういうことなら、俺に任せとけ!」と胸を叩いてくれたが、周りが「大将がいなくなったら、誰が仕事を仕切るんですか!?」と止めに入り「だから、俺が」という声が殺到した。
施設課が「俺だ」「いいや、俺こそ」と言い合いの場になってしまったので、結衣は申し訳なさそうに「ちょっと検討してみます」と遠回しにお断りした。
訓練生の中からも「俺が行くよ、結衣ちゃん」と言ってくれる人は多かったのだが、流石に訓練生を自分のクエストに連れて行くわけにはいかないと思って、こちらも丁重にお断りした。
結衣本人が、戦闘に関して全く自信が持てなかったので、できれば剣でも魔法でもそれなりの使い手がよかった。他の教官なども、何人かは知り合いがいたが、マックスを連れて行く以上、これ以上の無理は言えない。
出発を明日に控えて、結衣は洗濯物を干しながらまだ決められないでいた。
「私がもうちょっと、頼りになれる存在だったらよかったんだけどなぁ」
この世界に来て以来、総務の仕事はそれなりにこなせるようになってきたが、戦闘経験は0に等しい。それは、先日の王都郊外での出来事を見ても、間違いないことだった。自分に課せられたクエストなのに、誰かを頼らないといけないことが、結衣にとって苦痛だった。
「困ったなぁ……」
シーツをパンパンと伸ばしながら呟いてみる。
「俺も行くよ」
シーツの後ろから声が聞こえてきた。結衣がそっとシーツをめくると、そこには優馬が立っていた。「俺も行く」ともう一度繰り返す。
「駄目だよ、優馬。この前だって……」
先日のシーンが結衣の脳裏をかすめる。倒れた優馬、動かなくなった優馬。もうあんな思いはしたくない。
「違うよ、結衣。俺は結衣のために行くわけじゃないんだ」
断ろうとする結衣を遮って優馬が言う。
「俺は、俺のために行くんだ」
優馬が真剣な顔で言う。
「俺はもっと強くなりたいんだ。だから、結衣。俺を連れて行って!」
結衣は激しく戸惑った。優馬の真剣さも、その決意も分かる。今回のクエストは、そこまで危険ではないと学校長は言っていたが、かと言って、フェロッカ地区へのお使いとはレベルが違うだろう。
そんなところへ優馬を連れて行っていいのだろうか?
優馬は黙ったまま結衣を真っ直ぐ見つめている。結衣は思う。確かに危ないこともあるかもしれない。無事に帰ってこられる保証もない。でも優馬は真剣だ。本気でそうしたいと思っている。ならば、その思いに応えてあげたい。
「分かったよ、優馬。一緒に行こう!」
結衣はニコッと笑ってそう言った。優馬は満面の笑みを浮かべて「よろしく、結衣!」と答えた。
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