第16話 学校長
結衣たちがフェロッカ地区で襲われた晩から、一夜が明けた。
翌日、結衣は「学校長がお呼びよ」とフィーネに告げられた。そう言えば、この学校で働きだしてそろそろ1ヶ月だが、いまだに学校長とは面識がなかった。
「一体、何のご用なんでしょうか?」
結衣はフィーネと共に学校長室に向かいながら、恐る恐る尋ねてみた。
「うーん、多分昨晩の件かな?」
「やっぱりそうですか……」
結果的にはフィーネに助けられたし、優馬の怪我もフィーネの回復魔法みたいなもの(本人談)によって、ほぼ回復していたし、荷物もなんとか持ち帰ることはできた。
それもで、順調にこなせたというわけではないので、結衣はきっと怒られるんだろうなぁ、と憂鬱になっていた。
「失礼しーます」
フィーネがドアをノックして言った。返事はない。構わずドアを開ける。
学校長室は結衣達の寝室の3倍はある広さだった。一番奥に立派な机が置いてあり、そこに一人の男が椅子にふんぞり返るように座っていた。
「おう、来たか」
男はそう言って、結衣たちにこっちへ来いと手招きした。結衣は「失礼します」と、その男の机の前まで歩いて行く。フィーネが口を開く。
「こちらがオルランド・ギッティさん。この学校の学校長さんよ」
オルランドは「おう」とだけ言って、机の上に置いてあるカゴから飴を取り出して口に放り込んだ。
「禁煙中なんだよ。フィーネが飴とか舐めとけばいいって言うからな」
「は、はぁ……」
オルランドは2メートルはあろうかという巨体を、椅子に預けてふんぞり返ってままだ。足は机の上に投げ出し、つまらなそうに飴を舐めている。髪は銀ろでとてもキレイな色をしていたが、ボサボサの伸び放題と言った感じで、結衣にはとても学校長には思えない容姿だった。
学校長は視線だけを結衣の方へ向けて上から下まで、ジロジロと見た。そして「まぁ、頑張れや」とだけ言うと、再びつまらなそうに、天井を見上げる。
結衣は昨晩の件で呼ばれたのだと思っていたので、戸惑ってしまった。フィーネは少し困った顔をしたまま黙っている。結衣は気まずさに、思わず口を開いてしまう。
「あの〜、昨日の件なんですけど……」
「あ? あぁ、昨晩、お前襲われたんだってな? まぁフェロッカは鍛冶屋や武器屋の集まった地域だからな。中心街はそうでもないが、ちょっと外れれば、ああいう奴らもゴロゴロしている。これに懲りたら今後気をつけるこったな」
「え……? あれ? お咎めなしですか?」
「あぁ? なんで? 無事だったんだからいいじゃねぇか」
結衣は呆気にとられた。てっきり怒られるものだと思っていたので、一瞬で肩の荷が降りた感じだった。そして調子に乗って、要らないことを口走ってしまう。
「あの、学校長さん。私勇者になりたいんです! 訓練生にしてもらえませんか!?」
オルランドは椅子にふんぞり返ったまま、結衣をジロリと睨む。一瞬、怯んだがそれでも結衣は真剣にオルランドに向き合った。しかしオルランドは「知らねぇよ、そんなのフィーネに聞けよ」とだけしか言わない。
「フィーネさんには聞いたんですよ! でも、ダメだって……」
「んじゃ、そういうことだろ?」
取り付く島がない。結衣がガックリと肩を落とした。その様子を見てオルランドは、ボサボサ頭を掻きながら、立ち上がった。窓を開けて、胸ポケットからタバコを取り出して火を付けた。
「あの……? 禁煙中では?」
結衣が尋ねる。オルランドはプハーと窓から煙を吐き出しながら、悪びれもせずこう言った。
「いいんだよ。俺は飴もタバコもどっちも取る。今そう決めた」
聞きしに勝る気まぐれさだ、と結衣は思った。どうして良いか分からないで戸惑っていると、フィーネが「そうそう」と言いながら話を逸した。
「学校長ちゃんは、元人間なのよ」
「今でも人間だ」
オルランドは不機嫌そうに煙を吐く。
「あらあら、そうだったわね。でも、普通の人間じゃないのよ?」
「え? どういうことですか?」
「学校長ちゃんはね、神族から依頼されて、ここの統括を任されているの。だから本来、神族の言うことを守ってもらわなきゃならないんだけど、全然言うことを聞いてくれないのよ」
「あったりめぇだろうが。なんで、俺がお前たちにヘコヘコしなくちゃならねーんだ!」
オルランドは持っていた灰皿にタバコを押し付けて消した。
「ね、本当に頑固者でしょう?」
結衣は思わず頷いて、慌ててオルランドの方を見て苦笑いした。
「こんな性格だから、神族もなんとかしようとして、転生する度に精神を鍛え直そうとしたのよ。それはもう何度も何度も」
「え? 何度も?」
「そう、数え切れないくらいね。でも、全然直らなくって、結局このままなのよね」
「俺は誰にも屈しないし、誰にも媚びない」
「ね、こんな調子なのよ」
「はぁ」としか結衣には言えない。何度も何度も転生しているって、どういうことなんだろう? しかし、どんなことも諦めない、決して曲げないのだということだけは分かる。
「それで、いっそのこと、人を教育させる業務に付けたら、多少は良くなるんじゃね? って神様が言うから、今のお仕事をしているのよね」
「なんか、やっぱりいい加減ですね……」
「まぁそれでも、学校長ちゃんは、いい仕事をしてくれているわ」
「ふん、そうかよ。そりゃ良かったな」
オルランドは再び椅子に座ってふんぞり返る。フィーネが「そうそう、忘れてたわ」とパンと手を叩いた。
「結衣ちゃんの紹介がまだだったわよね」
そう言えばそうだった、と結衣は思った。慌てて、自己紹介をする。オルランドは天井を見上げながら、少し考えて「あぁ」と言った。
「最近やたら、評判の良い新人が入ったって聞いてたが、お前か」
評判の良いという評価に、結衣は思わず照れて、頬を赤くする。オルランドは、椅子に座り直し、結衣に向き直るとこう言った。
「お前、さっき『勇者になりたい』って言っていたな」
「はい! やる気だけは誰にも負けません!」
これはチャンスだ。ここでしっかりアピールしておけば、訓練生への道も開けるかもしれない。結衣は力を込めて両手を握ると、頑張りますアピールをした。
オルランドはニヤッと笑う。
「んじゃ、ひとつテストしてやる。このクエスト、完遂できたら、考えてやってもいいぜ」
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