第15話 冒険からの帰還
フィーネと結衣は馬車の御者席に座り、優馬は荷台に乗っていた。優馬は疲れたからか、すやすやと寝息を立てている。
「あの、フィーネさん。さっきは本当にありがとうございました」
結衣はゴロツキから助けてくれたお礼を、言っていなかったことを思い出した。
「あらあら、気にしないでいいのよ? 結衣ちゃん。私はあなたの、かん……味方なんだから」
「……かん?」
「なんでもないのよ、気にしないで結衣ちゃん」
結衣は先程のフィーネの強さを見てしまっていたので、それ以上追求するのを止めておいた。代わりにひとつ訊いてみた。
「さっき使っていたのって魔法ですよね?」
「そうね、魔法といえば魔法よね」
「魔法と言えば魔法?」
フィーネは少し考え込むような顔をする。
「表現が難しいんだけど、簡単に言うと、一般的に言われているような魔法ではないの。結衣ちゃんも見たことあると思うけど、魔法っていうのは、ある程度の詠唱時間が必要なのよ」
結衣は訓練生たちが魔法の練習をしているのを、何度か見たことがあった。そう言われてみれば、確かに訓練生たちが使っていた魔法は、長い詠唱時間を要していた。
極々簡単な魔法でも1分程度、複雑で大掛かりなものであれば数分程度の詠唱を唱えていた。しかし今晩のフィーネは、ほんの一言二言の詠唱しかしていなかった。
「それじゃ、フィーネさんの使っていたのは、魔法じゃないってことですか?」
「うーん、凄く広義では魔法なんだけど……」
そう言うと、フィーネは少し黙ってしまった。やがて、後ろを振り返り、優馬が眠っているのを確認した。そして「一応……ね」と呟くと、何かを唱えた。
隣に座っている結衣には、はっきりとその詠唱の言葉が聞こえたが、これまで聞いたことがないような言葉だった。辛うじて分かったことは、それが二つの単語から成っているということくらい。
「これで、ここでの会話は、私と結衣ちゃん以外には、聞こえないよ」
フィーネは空間遮断の魔法だと説明した。そして語り始めた。
「私はね、結衣ちゃん。人間ではないの」
フィーネは少しおどけた口調で言ったが、その顔は珍しく真面目なものだった。
「もう何度も言っているけど、この世界は神の手によって、魂の転生を行いながら、いくつもの世界で構成されているのね」
「鏡面世界……でしたよね」
「そうそう、よく覚えてました〜」
一瞬だけ、フィーネが笑顔に戻る。しかしすぐに元の表情に戻ると、話を続けた。
「その神たちが住む世界を神界っていうんだけど、私はそこから来たの」
「それってつまり……」
「そう、私は神の一族。神族なのよね」
実は結衣はあまり驚かなかった。そもそも、この世界に来た時、フィーネは初めから結衣のそばにいた。フィーネがどういう人物なのかは、今まであまり深くは聞かなかったが、転生や神の話を平然としていたことを考えれば、普通の人間ではないのは分かっていた。
「そっかー、やっぱりフィーネさん、人間じゃなかったんだ」
「結衣ちゃん、言っている言葉に間違いはないんだけど、なんだかちょっとグサリと刺さるよ」
「あはは、すみません」
「だから、さっきの力も魔法のようで魔法じゃない。『神の力』っていうのかな?」
「神の力! 凄い! なんかかっこいいです!」
「結衣ちゃん、そんなの好きだよねぇ」
「良いですよね! いいなぁ、私も神の力欲しいなぁ」
その時、遠くの方にたくさんの灯りが見え始めた。
「結衣ちゃん、学校が見えてきたよ」
馬車はゴロゴロと音を立てながら進む。学校と王都との間の一本の田舎道は、周りを畑や果樹園に囲まれていて、人の気配はない。少し気の早い虫の音が遠くの方に微かに聞こえるくらいで、辺りは静寂に包まれていた。
「さっきの話、優馬さんには内緒ね」
フィーネが結衣に言う。結衣は頷きながら、荷台に寝転んでいる優馬の寝顔を見た。前の世界にいた時から、ラノベやアニメが大好きで、ちょっと頼りない弟のような存在。そこは今でも変わらないが、今日結衣を助けようとしていた優馬の顔は、少しだけ大人びて見えた。
「優馬ったら、弱っちいくせに、無茶ばっかりするんだから」
少し微笑みながら呟く。フィーネはそんな結衣を微笑ましい様子で見た。
「でも優馬さんは、いつだって結衣ちゃんを助けようとするのよ。前世の時だって……」
そう言って、慌てて口を閉じるフィーネ。
「え? 前世?」
「いやぁ〜、何でもないよぉ、結衣ちゃん」
「誤魔化してる」
フィーネは「あ、ほら、校門が見えてきたよ」と必死で話題を変えようとするが、結衣はジトッとした目で無言のプレッシャーをかける。
「しょうがないなぁ」
フィーネは諦めた様子で話し始めた。
「前世で結衣ちゃんは、車に轢かれて死んじゃったじゃない?」
「はぁ、そうでしたね。あ、写真は結構ですから」
「もう持ってないよ。でね、その時、結衣ちゃんの真後ろに優馬さんがいたのよ」
「えっ? そうなんですか?」
「ええ、優馬さんが言うには『結衣がいて、何してんのかなって思って見てた』らしいのよ。で、いきなり結衣さんが飛び出しちゃうものだから……」
「えええっ! もしかして優馬が死んだ理由って……」
「そうそう、結衣ちゃんを救おうとして、ね。一緒に車に轢かれちゃったの」
結衣はショックだった。優馬の死の原因が、自分にあるとは思わなかった。それも自分を助けようとしてのことだとは。
「私、二度も優馬に助けられたんですね」
結衣は優馬の寝顔を見て呟く。
「結局、どちらも助けられなかったけどね」
フィーネが結衣の気持ちを察して、少しでも気を紛らわせようと、冗談めかして言った。結衣も少し笑った。
「聞こえてるよ」
荷台から、いつ目が覚めたのか優馬の声が聞こえてきた。
「魔法切れちゃったみたい」
フィーネが結衣に囁く。結衣は「わざとじゃないか?」と言いたかったが、優馬が体を起こして、結衣たちの後ろに来たので我慢した。
「結衣のせいじゃないよ」
優馬が言う。
「俺は俺の判断で飛び出したんだし。それに、俺、この世界気に入ってるんだ。こんな形で転生できるなんて、なかなかない体験だしね」
優馬が荷馬車にぶら下がっているランタンを指で突きながら、そう言った。
そんなやり取りをしている内に、荷馬車は校門を通り、校内へと入っていく。
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