第13話 結衣の後悔



「あ〜、いえいえ。何でもないですぅ。すみません、お邪魔しましたぁ」


 冷や汗をかきながら結衣は扉を閉めようとしたが、男の手が扉を掴んで、びくともしない。


「まぁ、嬢ちゃん。そう焦るなって。何か訊きたいことがあったんじゃねぇか?」


 そう言いながら、男がグイッと扉を開くと、中の様子が見えた。


  室内は板張りの一室になっていて、真ん中にテーブルがひとつと、それを取り囲むように何脚かの椅子があった。それに腰掛けている男達が3人いて、皆コップで何かを飲んでいる。


 結衣は臭いから、それが酒だと気がついた。


 テーブルの上は酒の瓶やら、汚れた皿やらが散乱しており、床にも割れた皿やコップなどの破片が転がっている。


 とてもまともな連中には見えない。結衣は扉を閉めるのを諦め手を離すと「失礼しまーす」と苦笑いを浮かべながら退散しようとした。


「待てっつってんだろ!」


 突然男が結衣の手を掴んだ。痛い、と呟いて、結衣の顔が歪む。


 室内から「どうした?」「誰か来たのか?」と別の男たちの声。


「嬢ちゃん、俺たちに訊きたいことがあるんだろう? なんだ? 言ってみな?」


「おぉ? なんだ、こんな可愛い子が、なんでこんなとこにいるんだ?」


「まぁいいじゃねぇか。嬢ちゃん、遠慮せずに入れよ」


 男たちが口々に言いながら、結衣の方へ近づいてくる。


「俺たちも、色々嬢ちゃんに訊きたいことがあるしなぁ」


 そう言って結衣の胸を凝視しながら、グハハと汚く笑う。


 結衣は真っ青になりながら、なんとか男の手をほどこうとしたが、力が違いすぎてどうにもならない。


(そうだ、ダガー)


 結衣は武器屋の主人からもらったダガーのことを思い出した。必要ないと思っていたが、護身用にと渡されたので、鞘ごと腰のベルトに挟んでいた。


 結衣は気づかれないように、そぅっと手を伸ばす。


「おっと!」


 結衣の手がダガーに触れる寸前に、それは男の手によって取り上げられた。


「ダメだぜぇ、こんな物騒なもん持ってちゃ」


 男はダガーを後ろにいた別の男に手渡し、その男はテーブルの上に置いた。


(しまった……)


「さぁ、嬢ちゃん、入った入った。ゆっくりしてけよ。夜は長いぜ」


 男が結衣の手を掴む力を一層強め、室内に引き込もうとした。


「そこまでだっ!」


 突然結衣の後ろから、叫ぶ声が聞こえた。


「結衣から手を離せ!!」


 結衣が振り返ると、そこには優馬が剣を構えて立っていた。


「優馬!? どうして?」


「やっぱり心配だから、探しにきたんだ。たまたま結衣の馬車をみた人がいて、地区の外れに行ったって聞いて、それで……」


「な、なんだテメーは!?」


 一瞬男が怯んだ。しかし剣を持つ優馬の姿を見て、すぐに元の表情に戻った。優馬は両手で剣を構えている。革製の鎧を身に着け、見た目的には一端の剣士だ。


 しかしその剣を持つ手が震えていた。


 それは無理も無いことだった。優馬は毎日毎日、休まず訓練を続けていたが、それでもまだ1ヶ月程度だ。しかも決定的なことに、実戦経験はない。勇んで結衣の前に飛び出してきたものの、ゴロツキ3人相手に勝てるはずもないし、そんな自信もなかった。


「結衣を離せっ!」


 それでも優馬は力を振り絞って、声を張り上げた。それは今まで結衣が見たことがない優馬の姿だった。


 それでも虚勢は通じなかった。男達はすぐに状況に気づいて「さぁて、どうしようかなぁ?」とニタニタと笑っている。


 優馬は何度か握っている剣を持ち直していたが「うぉぉぉ!」という雄叫びと共に、男たちに切りかかっていった。


 結衣を掴んでいる男の腕に斬りかかる。男は結衣を逃さまいとしていたため、動くことができず、優馬の剣を右腕に受けてしまった。


「いっってぇぇぇ!!」


 男が叫ぶと同時に、室内から残りの3人が「てめぇ、何しやがる!」と武器を持って、優馬の方へと向かってきた。


 優馬は善戦した。1人目の剣を受け流すと、もう1人へと斬りかかる。それは肩を直撃し、男は苦悩の叫びを上げて、転がりまわった。振り返り、3人目に対峙する。その男は小ぶりの斧を手に持っており、振りかざすと優馬の頭上から振り下ろした。


 優馬はそれを転がりながらかわし、体勢を立て直そうと剣を構えた、その瞬間、後ろに回っていた最初の男に背中から斬りつけられた。


「ゆ、優馬っ!!」


 結衣は泣きそうになりながら、声を上げる。優馬は動かなくなって、そのまま地面に倒れ込んでいる。


「優馬っ! 優馬っ!!」


 結衣は何度も優馬の名を呼ぶが、優馬はピクリとも動かない。


「手こずらせやがって」


 始めに腕を斬られた男が、優馬の脇腹を蹴りつける。


「止めてっ!」


 結衣が懇願するが、男たちは構わず優馬を足蹴にする。それでも優馬は動かなかった。


「優馬……優馬……」


 結衣が優馬を呼ぶ声も小さくなっていく。


「なんだ、この男。嬢ちゃんのコレだったのか?」


 優馬を斬りつけた男がグヘヘと笑いながら、親指を立てた。結衣は大粒の涙を流しながら、その場にしゃがみこんだ。


 そして後悔していた。


 少し仕事ができるようになったからと言って調子に乗ってしまった。


 ロッティも優馬も付いて来てくれると言っていたのに、自分ひとりでなんとかなると奢ってしまった。


 最後まで気を抜かなければ、道を間違えず、こんなことにはならなかった。


 私がしっかりしていれば、優馬は……。


 全部、私のせいだ……。


 涙のせいで結衣の視界は歪んでいた。何もかもがぼやけて、倒れている優馬の姿さえはっきりと見えない。結衣はこれから自分がどうなってしまうのか、という怖さよりも、優馬のことで頭が一杯になっていた。


 優馬の着ていた革鎧の輪郭がぼんやりとだけ見える。結衣は男たちに掴まれながらも、そこから視線を外せなかった。


 動かない茶色の塊。


 ふと、その後ろに淡いピンクの何かが浮かんで見えた。まだ涙のせいで、しっかりとは見えないが、台形に広がるスカートに、フリフリのレースが見えた気がした。


 それは、優馬の近くまで来ると、なんとも間の抜けた声でこう言った。


「あらあら、結衣ちゃん。帰りが遅いから迎えにきたら、こんな所で何しているの?」


 フィーネだった。

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