第12話 初めての冒険
「結衣、郊外へ行くって聞いたけど、本当?」
優馬が結衣に問う。結衣は「そうなんだよね。お使いなんだ」と鼻歌混じりで答えた。
「一人で行くの?」
「そうだよ。なんかフィーネさん用事があるとかでね」
「危ないよ」
「大丈夫だって。夜は危ない所もあるって言ってたけど、お昼なら住人もいるし、そんな危険じゃないってジーン課長言っていたし」
結衣は今朝、ジーン課長から、とある「お使い」を頼まれた。
それは「フェロッカ地区にある武器屋に行って、注文していた訓練用の武器一式を持って帰ってくること」だった。
ジーン課長によると、フェロッカ地区は王都の城下町の中でも最も辺境に位置し、治安的には微妙な地域らしい。でも、日中であれば住民の目もあるので、さほど心配はいらないとも言っていた。
「アタシが付いて行こうか?」
用事があって一緒に行けないというフィーネに代わり、ロッティがそう申し出たが、結衣は「大丈夫ですよ、私一人でもなんとかなりますって」と辞退したのだった。
「だいたい、私だってさっき聞いたばかりなのに、優馬ってば、耳が早いね」
「うっ……」
優馬は言葉に詰まる。
訓練生の間でも、すっかり人気者になった結衣の情報は、放っておいてもすぐに伝わってくる。すぐに訓練生の何人かは「俺が付いていく」と殴り合いの喧嘩になりそうなほどに、揉めに揉めていた。
優馬は他の訓練生が言い合っている間に、こっそり抜け駆けして結衣の元へとやってきたのだった。結衣は洗濯物を取り込みながら言う。
「優馬は心配性。このくらいのお使いが一人でできなきゃ、総務課員は務まりません!」
と結衣は言い切った。
確かに結衣は総務課の仕事の内、いくつかは一人でこなせるようになっていた。ただしそれは校内での話であって、学校外へ出ていく時はいつもフィーネが一緒だった。
郊外に出る時も、何度か荷馬車の手綱を持たせてもらったりして、扱いには慣れてきた。もうそろそろ、このくらいの仕事なら一人で、できるようにならないと、と結衣は思っていた。
「はい、この話はおしまーい」
優馬はまだ何か言いたげな表情だったが、訓練が始まる鐘の音が聞こえて、諦めたようにグラウンドへと戻って行った。
お昼を回った頃、結衣は荷馬車の手綱を握りしめていた。軽快なリズムで荷馬車は走り、1時間ほどでフェロッカ地区へとやってきた。
「なーんだ、そんなに悪いところじゃないじゃない」
結衣はあたりを見回した。学校や王都の中心部に比べると、少し建物の質は劣るようだったが、ゴロツキが徘徊していたり、スラム化しているわけではなかった。
住民たちは普通に生活しており、通りを行き交う人々も平穏そのもの。様々な建物では色々な物が作られていて、武器屋に防具屋、日用品を扱う道具屋や魔法に使う触媒を扱っている店などもあった。
「えっと、この辺りだと思うんだけど……」
結衣は馬車を止め、地図を開いた。歩いている住民に訊いてみると、そこの角を曲がった先だと教えてもらえた。
言われた通りに馬車を進めると、目的の武器屋があった。武器屋の主人はとても気さくな人で「お嬢ちゃん、一人で来たのかい?」と驚いていた。
「もっちろんです!」
そう結衣は胸を張って答える。
「お〜、そりゃ凄いな。でも、ここは治安の悪いところもあるから、気を付けな。これ持ってけ」
主人はそう言って、一本の小さなダガーを手渡してくれた。まるで近所の八百屋さんが「サービスしとくよ」と、人参一本おまけしてくれるようなノリに、結衣は思わず笑ってしまった。
荷物を詰め込んで、注文書通りか確認してから、結衣は主人にお礼を言って武器屋を後にした。
ちょうど夕方前という時刻だったが、日が長くなってきている季節で、辺りはまだ明るい。結衣は荷馬車の手綱を手に「なんだか楽勝だったなぁ」と思った。
このまま学校まで帰って、武器を倉庫にしまえば任務完了だ。暗くなる前には十分学校に帰れそう。優馬が心配していたけど、とんだ取り越し苦労だった。フィーネなどは「結衣ちゃ〜ん、無事で帰って来てね」と涙を浮かべながら、結衣の手を握りしめていたが、あれはちょっと病気だね。
そんなことを考えながら、結衣は笑っていた。
自分だって、一人でできることを証明したんだ。これからはもっと大きな仕事を任されていってもいいんじゃないかな? そしてゆくゆくは「勇者候補生」に抜擢されて……。
そんな妄想にふけっていた結衣が、自分がどこを走っているのか分からなくなっていることに気がついたのは、10分ほど馬車を走らせた後のことだった。
「ま、そんなに時間経ってないし、一回戻れば分かるよね」
そう思って、逆方向に馬車を向けたが、ここだろうと思って曲がった角の先に、先程の武器屋はなかった。何度か行ったり来たりしている内に、フェロッカ地区の外れへと来てしまっていた。
建物もほとんどなく、馬車が一台通れるだけの砂利道が続いている。いつの間にか引き返すこともできない道になっていた。
「どこかでUターンしないと」
日は徐々に傾いてきていて、辺りは薄暗くなり始めていた。結衣は馬車についていたランタンを灯して、もう一度地図を見直したが、さっぱりどこにいるのか分からない。
困り果てていると、道の先に一軒の小さな建物が見えてきた。建物の中は灯りが付いているようで、小窓から光が漏れている。
「あそこで訊いてみよう」
結衣は馬車を建物の前で止めた。「ちょっと待っててね」と荷馬の頭を撫でて、扉の前に立つ。
「あの〜、すみません。どなたかいらっしゃいますか〜?」
数秒後、扉がガチャリと音を立てて開いた。
「あっ! 遅い時間にごめんなさい。ちょっと道に迷ってしまっ……」
扉を開けて出てきた男に、思わず結衣は言葉が止まってしまった。
男はボロ布のような服を着ていて、身なりはあまりきれいとは言えない。そして手には大きな剣を持っていた。男は結衣をジロリと睨むと、少し半笑いになって言った。
「何かご用かい? お嬢ちゃん」
結衣は青ざめた。
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