第11話 人気者


 ピカピカになった机を持って教室に戻ったのは、ちょうど正午を過ぎた頃だった。フィーネは教室の前で出迎えてくれたが、ボロボロになっている結衣を見て目を丸くした。


「あらあら、結衣ちゃん、どうしたの? そんなボロ雑巾みたいになっちゃって」


 例えが少し癇に障ったが、一応心配してくれているようだ。結衣は経緯を説明し、ピカピカの机を教室に設置した。


 どう見ても、周りの机から浮いている。


「ここ、見てくださいよ、ほら」


 結衣は自慢げに、ライマーが付けてくれた小物入れをパカっと開いてみせた。


「うわぁ、素敵な小物入れ〜」


 何故かフィーネは夢中になって、何度もパカパカやっている。それを呆れ顔で見ていた結衣だったが、ふとあることに気がついた。


「あれ? 教室キレイになってる……」


 壁にかかっていた蜘蛛の巣はどこにも見当たらず、床には埃のひとつも落ちていない。机はキチンと整えられ、結衣が持ってきた机ほどではないが、きれいになっていた。


 結衣がクタクタになるほど働いた間とは言え、半日程度のことだ。どこからどう見ても、数時間で終わる仕事ではない。


「あの……? フィーネさん?」


「あらあら、何かしら?」


 フィーネはニコニコ笑っているが、少し引きつった笑顔になっている。


「魔法、なんて使ってないわよぉ。ちゃんとお掃除したんだから」


「使ったんですね」


「ん〜、ん〜〜……ちょっとだけ?」


「ちょっとだけ?」


「もうちょっと、かな?」


「使ってるんじゃないですか! っていうか、魔法でお掃除できるんなら、始めからそうしていればいいじゃないですか!」


 フィーネはゴホンと咳払いをすると、諭すように結衣に言う。


「いい? 結衣ちゃん。何でもかんでも魔法に頼ってしまうようなことをしててはいけないの。こういうことはね、ちゃんと心を込めてやらないと」


「言っていることとやっていることが、全然合っていません」


 結衣はビシッと言い返す。フィーネは「あらあら」と悪びれもせずに照れている。


「まぁ、今回は特別よ、特別」


 結衣は、なんだか「特別」と言っておけばなんとかなると思われているんじゃないかと思い始めた。しかし、結衣も施設課での仕事でクタクタになっていたし、別にいいかとも思って諦めた。





 次の日からも結衣とフィーネは、総務課の仕事に精を出した。


 切れてしまっている、魔法の照明の修理。


 校庭の脇にある樹木の剪定。


 体調不良で休んだ教官の代わりに、授業の受け持ち。


 迷子の子猫の探索。

 

 城下町への食料の買い出し。


「フィーネさん……」


 食料満載の馬車に揺られながら、結衣は話しかける。


「なぁに、結衣ちゃん」


 フィーネは馬車の手綱を持って、ご機嫌のご様子。


「なんか、総務課の仕事の守備範囲が、とてもつなく広い気がするんですけど」


「そうねぇ、総務課は別名『なんでも屋』って言われているくらいだからね」


「なんでもやりすぎでしょ! 大体、いきなり剣術の授業やれって、あれ無茶振りが過ぎますよ」


「あらあら、あれはマックスさんがなんとかしてくれたじゃない」


「まぁ、それはそうなんですけど」


「いいじゃない? 暇をしているよりは余程良いと思うけどな」


 まぁ、それは確かに、と結衣は思った。この世界に来て以来、既に数週間が過ぎていたが、毎日が忙しく、それでいて充実していた。


 フィーネはたまにずれたことを言ってしまうが、基本的には良い人だ。それに仕事を通じて、施設課の人たち以外にも、随分知り合いが多くなってきた。


 今では校内を歩いていると、声を掛けられることも多くなった。


「結衣ちゃん、困ったことがあったら、なんでも言ってくれよ」と言うのは、施設課の職人たち。


「結衣ちゃん、何か食べて行きなよ」と誘ってくれるのは、食堂のおばちゃんたち。


「結衣ちゃん、郊外に出る時は呼んでくれよ、護衛するから」と胸を叩くのは、教官たち。


 馬車が校内に入り、食堂裏で食料を降ろしていると、何人かの訓練生が「結衣ちゃん、俺達が手伝うよ」と、手の空いた訓練生が駆け寄って来てくれた。


 あっという間に運び込まれる木箱を見ながら、フィーネがニヤニヤと笑っている。


「あらあら、結衣ちゃん、随分人気者になっちゃたわねぇ」


「冷やかさないで下さいよ」


「結衣ちゃん、可愛いからかな?」


「ちょっ! 止めてくだしいっ……下さい……よ」


「噛んだ噛んだ」


 フィーネがコロコロと笑って、結衣の顔は真っ赤になっている。


「でも」


 フィーネがふと真面目な顔になって言う。


「本当は、みんな結衣ちゃんががんばっているの、分かっているから、応援したくなっちゃうんじゃないかな?」


 結衣の顔が更に赤くなる。


 フィーネは、また笑いだし、結衣はポカポカとフィーネを叩いた。


 のどかな午後だった。空には薄く雲がかかり、そよそよと気持の良い風が吹いている。


 結衣とフィーネは訓練生たちのお陰で仕事が早く終わり、中庭の樹木の影で、お茶を飲みながら一休みしていた。


「はぁ、風が気持ちいい」


 結衣は芝生の上に大の字になっていた。


「まだそんなに暑くない季節だから、木陰にいると涼しいよね」


 フィーネは木にもたれかかって座っている。


(なんでも屋……か)


 結衣は先程、フィーネに言われた言葉を思い出していた。なんでも屋だったら、勇者的なことをしてもいいんじゃないかと、さっきフィーネに言ってみたが「結衣ちゃん、人には適正ってものがあるのよ」とはぐらかされた。


(それって、私の適正が『なんでも屋』だってこと?)


 結衣は少し気を落とした。今の仕事が楽しくないわけじゃない。掃除をしたり、荷物を運んだり。誰かに頼られて、誰かのためになって、誰かにお礼を言われる仕事は、やりがいもあるし楽しい。


 でも仕事の合間に、訓練に励む生徒たちを見ていると、時々「いいなぁ」と思ってしまうのも事実だった。凄い冒険がしたいわけじゃない。そういう理想は、もうなくなっていた。でも、ちょっとドキドキするようなこともしてみたい。それも嘘ではなかった。


 そんな結衣の心を見透かしたのか、次の日、総務課のジーン課長から呼び出された。


「結衣さん、新しいお仕事です」

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