第10話 王立勇者育成専門学校 施設課



「話が違いますよ〜、フィーネさぁん」


 翌日結衣は、とある工房の前で立ちすくんでいた。扉のないその部屋の上部には「王立勇者育成専門学校 施設課」と書いたプレートが掲げられている。


 結衣はその前で、一つの机を手に持ったまま、途方にくれていた。


 結衣とフィーネは、今朝早くに目覚めて朝食を取った後、早速教室の片付けに手を付けた。


 埃だらけの教室に入り、まずは窓を開けて、空気を換気した。フィーネが床を掃いて、結衣は机と椅子をひとつひとつ布巾で拭いていった。6個目辺りの机を拭いている時に、結衣は机の足がぐらついていることに気がついた。


「フィーネさん、この机、足がグラグラしていますよ」


「あらあら、本当ね。取れちゃいそう」


「危ないですよね」


「危ないわね」


 そういうわけで、フィーネに「施設課に持って行けば、直してもらえるから」と言われ、重い机をエッチラホッチラ運んできたのだった。施設課は、幸いなことに総務課の近くだったので、結衣は迷うことなく机を運んできたのであったが……。


「そんなチンケな仕事を持ち込むんじゃねぇ!」


 そういきなり怒鳴られた。


 相手は施設課の課長であるライマー・ヘンケル。総務課のマックスほどではないが、良い体つきをした中年男性であった。髪の毛は結衣と同じ黒で、オールバックにしていて、口の周りは髭で覆われていた。


「そんなこと言われても、ここに行けって言われたんです」


 と結衣は机を手に食い下がった。ライマーは鋭い目で結衣を睨み返して、机をもう一度見た。そして「ダメだ。すぐにやれって言われても、できんもんはできん!」と言い切る。


 それでも結衣は「明日から使われる教室に必要なんです。今日中になんとかできませんか?」と頼み込んでみた。ライマーは、今度は顔も上げず「ダメだ、大体今忙しいんだ」と、手で追い払う仕草をする。


 一瞬、これは話にならないと思った結衣だったが、かと言って、このまま机を持って帰ってもしょうがない。先程、結衣とフィーネが確認したが、机は一部の木材が割れてしまっていて、ふたりでは修理できそうにもなかった。


 黙々と作業を続けているライマーに、結衣はどうしたら直してもらえるのか考えた。そして、


「じゃぁ、ライマーさんがこれを直してくれている間、私がここの仕事を手伝いますから!」


 と高らかに宣言した。ライマーは驚いた顔で「お前が?」と確認する。


「はい! 何でも言って下さい!」


 結衣はガッツポーズをしながら、元気よく言った。


「総務課のお前さんが、ウチの仕事を手伝うって言うんだな?」


 もう一度ライマーが確認する。結衣は「もちろんです。手伝ってもらうんですから、お互い様です!」と笑顔を見せた。


 ライマーは後ろを振り返り、頭をかきながら「しょうがねぇなぁ」と呟いた。


「じゃぁ、まずはあれを運んでもらおうか」


 ライマーはそう言って、工房の隅に置いてある木材の山を指差した。


「あれを、奥にある加工場まで持っていってくれ」


「あの〜、念のため伺いますが……」


「なんだ?」


「全部ですか?」


「全部だ」


 木材の山は、結衣の背丈ほどの高さに積み上げられている。結衣は一瞬、目の前が真っ暗になったが、それでも自分が手伝うと言ったからには、やらなきゃいけない。


 そう思って、ほっぺたを両手でパンっと叩いて気合を入れた。


 結衣は一心不乱に働いた。木材の山を移動させた後、木くずが残ったその場所を掃除し、再び別の場所から木材を移動させた。


 それが終わると今度は、切り揃えられた木材を、加工職人の元へと運ぶ。ついでに、釘やネジ、ニスや塗料などの補充も行う。


 ほぼ3時間ほど休憩なしで働いた結衣は、既にボロボロになってしまっていた。


「課長さんの代わりに仕事をするって言ったのに……これ、課長さん、絶対やらない仕事だよね……」


 聞こえないようにこっそりボヤいてみたが、考えてみれば、物を運んだり、掃除をしたりする以外に、結衣ができる仕事など、ここにはない。


 ほうきとちりとりを手に「もう死ぬ」と結衣が思いかけた時、ライマーが結衣の元へやってきた。


「おう! 嬢ちゃん、お疲れさん!」


「!! 終わりましたか!?」


 藁にもすがる思いで、ライマーに問いかける。ライマーはニカッと笑って「バッチリだ!」と答えた。


 結衣がフラフラになりながら、表に出てみると、そこには完全に修理された机があった。足の部分は新しい木材に交換されており、補強用の木材と合わせて、しっかりと固定されていた。


 それだけではなかった。机の天板の表面はピカピカに磨き上げられて、ツヤツヤと光っている。


 ライマーは「ここを見てくれ」と、天板の下を指差した。そこにはノートなどの荷物を置ける、小さな棚があったのだが、その一角に小さなボックスが取り付けられていた。


「小物入れだ」


 どうだい? と言わんばかりの顔でライマーが笑う。結衣は「いや、それなくてもよかったんだけど。むしろなかったら、もっと早くに出来てたんじゃ」と思った。


 しかしライマーが「嬢ちゃん、頑張り屋だな。俺は嫌いじゃないぜ」と言ってくれるのを聞いて、何だか凄く報われた気がした。


 結衣が礼を言い、施設課を去ろうとすると、中から職人やらが全員出てきて、見送りをしてくれた。


「結衣ちゃん、お疲れ様」


「お前、根性あるな。うちの若いもんより、よっぽど凄いぜ」


「結衣ちゃん、総務課なんて辞めて、ウチにおいでよ」


「おう、そうだそうだ。総務課なんてシケタとこ、辞めろ辞めろ」


 職人たちは威勢よくガハハと笑いながら、結衣を取り囲んだ。フラフラになりながらも、なんとか仕事を完遂した結衣に、皆関心したようだった。


「おめぇら、結衣ちゃんには結衣ちゃんの事情ってもんが、あんだろ。勝手なことばかりぬかしてんじゃねぇ!」


 ライマーが怒鳴ると、職人たちは「なんだよ、課長だって気に入ってたくせに……」とぶつぶつ言いながらも、結衣のヘッドハンティングを諦めたようだった。


 結衣は半分苦笑いしながらも、皆の役に立てて、こんなに認めてもらえたことが嬉しかった。


「まぁ、困ったことがあったら、またいつでも来い」


 最後にライマーがそう言ってくれた。

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