ヒヤマノリコ(高1・冬)  I guess that why they call it the blues?

#1 今日もうわの空です先輩は

 最近、スグロ先輩の様子がヘンだ。

 ヘン、といえば最初からヘンなんだけど、一週間ほど前から、以前にも増しておかしい。ぼーっとしているかと思うと、急にイライラしだしたり、話をしていても上の空だったり。

 そうだった。もう慣れてしまっていつもは忘れてしまっているけど、スグロ先輩は最初からヘンだった。初めて会ったとき、同じ高校生だとは思えなかった。落ち着いた喋り方。柔らかな物腰。自信に満ちた態度。そんなの、ほかの男子にはこれっぽっちもないものばかりだ。それに、まるでこれから起こることを知っているかような的確なアドバイス。今ではもういちいち驚かないけど、考えれば考えるほど、スグロ先輩はヘンだった。

 でも最近のヘンさは、そういうのとはちょっと違っている。

 例えばさっきだって。私が部室で本を読んでいると、スグロ先輩が入ってきた。先輩はつかつかと窓際まで行き、コーヒーメーカーでコーヒーを作った。まるで私が見えてないみたいだった。紙コップを持って振り返り、私を見ると飛び上がって驚いた。

「うわ。ノリちゃん、いつからそこに」

「いつからって、最初からいましたよ」

「え。そうなの。それは失礼」

「大丈夫ですか、先輩」

「うん。あれ、リンコくんとカグヤさんは」

「掃除当番です」

「そうか。いやぁ、今日も寒いねぇ」

 先輩は部屋の隅に置いてある電気ストーブに手をかざした。

 年が明けて、三学期が始まっていた。私たちはもうすぐ二年生になる。

 私がコボリくんと付き合い始めて六ヶ月だ。早いなぁ。

 実は、最近ボーっとしているのは、スグロ先輩のほかにもうひとりいる。リンコちゃんだ。でも、あの子の場合は理由がはっきりしてる。もうすぐレイコ先輩が卒業してしまうから。レイコ先輩は四月から東京の大学だから、ふたりは遠距離恋愛ということになる。

 リンコちゃんからレイコ先輩とのことを聞かされたときはさすがにびっくりした。でも、影ながら応援している。ふたりを見ていると、離ればなれになることを心配しているのは、どちらかというとレイコ先輩のほうに思える。私たちよりもずっと大人に見えていたレイコ先輩がそうやってやきもきしているのを見ると、なんだか意外で、かわいい。でも、レイコ先輩のその気持ちはよくわかる。

 もしも今、コボリくんと離れ離れになってしまったら、私はどうするだろう。彼の気持ちをつなぎとめておく自信は、正直にいって私には、ない。少し前まではこんなことを考えること自体、怖くてできなかった。でも、そうなったときの自分の気持ちや相手の気持ちを想像することが、今ではできる。それはスグロ先輩のおかげだ。

 卒業式まであと二ヶ月。

 今日は、一九八七年一月十二日、月曜日。

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