#10 私たちが歌うのは
二日間の学園祭は、あっというまに終わった。
私たちのクラスのお店は思ったより盛況で、漫画同人誌は完売してしまった。
学園祭といえば、最終日の夜のキャンプファイアーとフォークダンス。
でも、私は参加しない。だって、私はこの時間を少しでも長く好きな人の隣で過ごしたかったから。
私とレイコ先輩はグラウンドを見下ろす斜面に並んで座っていた。
「もしも東京の大学に受かったら、遠距離恋愛になっちゃうね」
「そうですね」
先輩には大学に受かってほしかったけど、そのときのことを考えると憂鬱になった。
「そんな顔しないで。まだ時間はあるわ。だから、それまではたくさん楽しみましょう」
「先輩は誰かと付き合ったことがあるんですか」
「ないわよ」
「男の子とも?」
「私、男の人には興味ないから」
「そうなんですか」
「うん」
「どうして……ですか?」
「どうしてかなぁ。たとえばね、自分が人間とはまったく違う生命体だと想像してみて。その生命体は男女の区別がないの。性別のない存在。そんな私が人間を観察している。私はたぶん、こう思うんじゃないかな。高度に発達した文明なのに、どうして旧態依然とした雄が支配する社会のままなのか。どうして雌に主導権を明け渡してしまわないのか。そのほうが平和で安定的で持続的なはずなのにって」
私にはレイコ先輩のいっていることが突飛すぎてよくわからなかった。でも、なんとなくずっともやもやとしていたことを説明してもらった気がした。
「先輩もやっぱりSFが好きなんですか?」
「読むわよ。スグロくんほどじゃないけど」
「スグロ先輩って、前からあんな感じなんですか」
「そうね、あんな感じだった。変わってるわよね」
「変わってます」
「私、たまに思うんだけど、スグロくんって別の世界から来たんじゃないかな」
やっぱりレイコ先輩のいうことは突飛だ。SF研究部の部長だけある。
グラウンドではフォークダンスが終わって、生徒たちがぞろぞろと引き上げ始めていた。私のクラスの男子が、私たちのすぐそばの階段を上ってきた。
「おーい、オガワ。後片付け始めっぞ」
男子のひとりが私を見つけて、声をかけた。彼は、私の隣に座っている女子生徒と私が付き合っているなんて思いもしないだろうな。
「へーい」
そういって立ち上がりかけた私の手を、レイコ先輩がそっとつかんだ。
「もう少し、いいじゃない」
「でも……」
「いいのよ。そういうのは男どもにやらせておけば」
「そうですね。だって、女の子ですもんね」
先輩は、少し前にヒットした英語の歌を口ずさんだ。私も先輩に合わせて歌った。
女の子はただ楽しみたいだけ――。
私たちは夜の校庭の片隅で、そんな意味の歌詞のチャーミングな歌を、手をつないで歌った。
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