#11 あの子が男らしい声を出すときは

 日曜日。

 その日はサッカーの試合があって、うちのサッカー部も参加していた。

 試合後、競技場でノリちゃんはタカナシ先輩をつかまえて、告白する。正確にいうと、告白をするふりをする。そして、コボリくんは少し離れたところで彼らを見守ることになっていた。さらに、彼らの様子を私たちはこっそりと観察する手はずだ。

「――って、それはいいんですけど、なんなんですか、この格好」

 リンコが自分の体を見下ろして、口を尖らせる。

 私とリンコ、そしてスグロ先輩の三人は、ジャージ姿にタオルを姉さん被りにして、その上から麦藁帽子を被っていた。

「だから、変装だよ。清掃のボランティア。完璧だろ。これなら近くでうろうろしててもバレないよ」

 ご丁寧なことに『清掃員』の腕章まで作っている。

「そろそろ出てくる頃だが」

 スグロ先輩があたりを見渡す。

「あれだ」

 さっと、私たちの腕を掴むと、競技場の周囲に置かれているベンチの裏側に身を潜めた。ベンチの背後は低いコンクリートの塀がめぐらされていて、外側からは私たちの姿は見えない。

 タカナシ先輩がこちらに近づいてくるのが見えた。

 ――ごほん、ごほん。

 私たちが隠れている塀の背後で、タカナシ先輩が咳をした。配置に着いたという合図だ。

 やがて、足音が近づいてきた。

「先輩」

 ノリちゃんの声だ。

 たぶんどこかでコボリくんも彼らを見ているはずだ。

「すいません。こんなことに付き合わせてしまって」

 小声で、ノリちゃんはタカナシ先輩に告げた。

「いや。感謝しなきゃいけないのはこっちだよ。だから、気にしないで」

「はい。ありがとうございます」

 私はちらっと、隣にしゃがんでいるスグロ先輩を見た。先輩は息を詰めて、背後のふたりのやりとりに耳を傾けている。

「タカナシくーん!」

 遠くから、タカナシ先輩を呼ぶ声が聞こえた。

 自転車を押す音と、足音が近づいてきた。ユウコ先輩だ。

「ノリちゃん、この間はありがとう」

「いえ。よかったですね、ユウコ先輩」

「うん」

「俺たち、もう少し喋ってたほうがいいのかな」

「どうかしら」

 ――ごほん、ごほん。

 今度は、スグロ先輩が咳払いをした。

「もういいみたいね」

「じゃあ、俺たちはこれで」

「ノリちゃん、がんばってね」

「はい」

 ふたりの足音と自転車のタイヤの音が遠ざかっていく。

 背後のベンチにノリちゃんが座った。

 しばらくして、誰かがノリちゃんの隣に座る気配がした。

「ヒヤマ、今の……」

 コボリくんの声だ。

「タカナシ先輩、ユウコ先輩と付き合ってるんだって」

 ノリちゃんが大きなため息をついた。

 ふたりとも何も喋らない。

 重苦しい時間が過ぎていく。スグロ先輩をはさんで向こう側にしゃがんでいるリンコがじりじりしている。

「私たち、同時に失恋しちゃったんだね」

「ほんとだ。こんなことってあるんだな」

 今度はコボリくんが大きなため息をついた。

「なんか不思議なんだけどさ。今、俺、ちょっとほっとしてる」

「そう?」

「うん。俺、本当にユウコ先輩のこと好きだったのかな。なんだかわからなくなっちゃったよ」

「好きだったんだよ。中学のときからずっと好きだったんでしょ」

「知ってたのか」

「知ってたよ。それくらいわかるよ。だって……」

 また沈黙。

 リンコのイライラが最高潮に達している。スグロ先輩はリンコに向かって、静かにしていろというように、首を振っている。

 私もなんだかうずうずしてきた。

 ノリちゃん、いっちゃえ。いうなら今だよ。

 ふたりとも無言のままだ。

 ようやく口を開いたのはコボリくんだった。

「なあ、ヒヤマ」

「うん」

「今度、うさばらしにどっか行かないか」

 ふうん。この子、こんな男らしい声も出せるんだ。

「そうだね。うん、行こう」

 そのノリちゃんの声は、まっすぐに私たちの胸に響いた。たぶん、コボリくんの胸にも。

 コボリくんが立ち上がった。

「じゃあ、俺そろそろ行くわ。明日また学校で」

「うん。学校で」

 足音が去っていく。それが聞こえなくなっても、私たちはしばらくその場所から動けなかった。

「もう出てきてもいいわよ」

 その声に、私たち三人は大きく息を吐き出した。他人のことなのに、心臓に悪い。

 立ち上がった私たちの前に、ノリちゃんがやってきた。

「ありがとうございました、スグロ先輩」

 ノリちゃんがぺこりと頭を下げた。

「どういたしまして。それと、がんばって」

「はい」

 リンコがノリちゃんに抱きついた。

「ノリちゃぁん。もう、はらはらしたよぉ」

「ごめんね。ありがとう、ふたりとも」

 私はノリちゃんに微笑んだ。

「あー、なんか緊張して喉渇いたよ」

 舌を出すリンコに、スグロ先輩が財布を渡した。

「みんなの分、飲み物買ってきて」

「お、太っ腹。ありがとうございます、先輩」

「私も行く」

 ノリちゃんとリンコは自動販売機のほうに歩いていった。

 先輩と私はベンチに座った。

「筋書き通り、ですか」

「きっかけにはなった。あとはふたりの問題だ。彼女なら、たぶん大丈夫」

「そうですね」

 ちらりと横目で先輩は私を見た。

「気に入らないみたいだね」

「よかった、とは思います。でも、なんだか上手くいき過ぎているみたいで、現実味がありません」

「いっただろう、高校生のレンアイなんて、ゲームなんだよ。僕たちはゲームに勝っただけだ」

 どうして先輩はこんなに断定的ないい方ができるんだろう。

「そうでしょうか。例え高校生の『好き』だとしても、やっぱり恋愛はゲームなんかじゃないと、私は思います」

 私は、『シカゴ』でノリちゃんが流した涙を思い出していた。先輩があのときあそこにいたら、それでもこんなことをいうのだろうか。

「ノリちゃんは本当にコボリくんのことが好きなんです。それにもしかしたら、コボリくんだってユウコ先輩と付き合う可能性があったかもしれないじゃないですか」

「もちろん、その可能性はあったかもしれない。でもきわめて低い可能性だ。前にいったように、勝算のないゲームだ」

「だからって……」

 だからといって、その可能性を他人が勝手に摘み取っていいのだろうか。

「先輩は、他人の気持ちを操ろうとしているみたいに見えます」

「そんな力も、権利も、僕にはないよ」

「そうでしょうか」

「そうだよ」

「本当は、先輩は、他人を支配したいと思っているんじゃないですか」

「本当は、誰だってそう思ってるんじゃないかな。誰だって心の底では、他人を思い通りに動かしたいと思っているんじゃないか。歌の文句じゃないけどさ。誰だって世界を支配したいと思ってるんじゃないかな」

「私はそんなこと思ってません」

「わかってる。もし君にそんな力があったとしても、たぶん君はそんなことはしない。なぜなら、君はこの世界にそれだけの価値があるとは思ってないからだ。この世界は生きていくに値しない、そう思ってるんじゃないのかな」

 そういって、先輩は意味ありげな表情を浮かべた。

 どうして先輩にわかったのだろう。それは私がいつも思っていたことだった。

「そう思うことは決して悪いことじゃない。君の感覚は決して間違ってはいないよ。それが君の良いところでもあり、しかし弱点でもある」

 先輩は微笑んだ。

 先輩のそのいいかたは気に入らなかった。私のことなんてろくに知らないはずなのに、わかったようなことをいわないでほしい。

 でも、私は何もいわなかった。

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