#9 高校生のレンアイは
「今日は君ひとり?」
ノリちゃんがコボリくんに相談をした日の翌日、私は放課後ひとりでSF研究部の部室を訪れた。私が扉を開けると、スグロ先輩が読んでいた本から顔を上げた。いつ来ても、部室にいるのはスグロ先輩ひとりだった。
「先輩に聞きたいことがあります」
「まあ、座ったら」
私はいつの間にか定位置になっている、先輩の右手の席に座った。
「先輩のことを疑っているわけではありません。ただ、私にはどうしてもこれが正しいやり方だとは思えないんです。人が誰かを好きだという気持ちを、勝手にもてあそんでいいと、先輩は思っていますか」
「最初にいっておく」
先輩は人差し指を立てた。
「高校生の『好き』ほど当てにならないものはない。今、どれだけ自分がその人のことを好きだと思っていても、それは幻想だ。その気持ちが三年後、五年後までずっと続いていくなんてことは、普通はあり得ない。
もちろん、『好き』だという気持ちには偽りはないだろう。でもそれは『恋愛』ではない。まして『愛』なんかでは決してない。だから、もしもその『好き』に勝算がないのであれば、別の人間を好きになったほうがいい。時間と労力の無駄だ」
先輩のその断定的な口調に、私は思わず反論したくなった。
「はっきりいいますね。でも、そんなこといい切れないと思います」
「もちろん、例外はある。高校生のときから付き合った人間が将来結婚することだって世の中にはある。稀にだけどね。別に結婚がゴールだとは思わないけど、ここでは便宜上、結婚が恋愛のひとつの完成形だとしておく。でも、そういう人たちは他人に恋の相談なんかしない。自分の気持ちに自信があるからだ」
本をぱたん、と閉じると、先輩は立ち上がってコーヒーメーカーからサーバーを取り出して紙コップに注ぎ始めた。
「カグヤさん。君は誰かを好きになったことがある?」
「いいえ。ありません。でも――」
「わかってる。だからといって『恋愛』を語る資格がないなんていうつもりはないよ。ただ、やっぱりこういうことってどうしても経験がものをいうと思うんだ」
「先輩は誰かを好きになったことがあるんですか」
「ある」
間髪を入れずに先輩はきっぱりと答えた。そのひとことは、鋭いナイフのような切れ味を持っていた。私は何もいえなくなった。
紙コップを私の前に置くと、先輩は立ったまま自分のコーヒーを一口飲んだ。
「誰かのことを好きになって、その想いを相手に伝えるということは、とても大事なことだ。そしてそれは、どれだけ苦しくても、自分自身が抱えて、自分自身で解決しなければならない問題なんだよ。本来、他人に助けられることじゃない」
「じゃあ、どうして先輩は他人の恋愛の相談なんて受けてるんですか」
「最初にいったように、高校生の『好き』は『恋愛』じゃない。『恋愛』で真剣勝負を挑もうとしている人間に、横から口出しなんてできないよ。そんなことは誰にもできない。
僕が相談を受けて助言をするのは、当てにならない高校生の『好き』というやつだ。決して『恋愛』じゃない。
それはね、ゲームだよ。ゲームを有利に進められるのなら、有益な助言は積極的に取り入れていくべきだと思うんだが。そうは思わない?」
「ゲームにおいては、その通りだと思います。それに、もしかしたらそういう恋愛もあるのかもしれません。でも、私の友達の恋愛はそんなふうになってほしくありません」
「頑固だね、君は」
「それと、先輩」
「ん?」
「前に、西校舎で会ったときのこと、憶えてますか」
先輩の動きが止まった。部屋の中の空気の動きまで止まってしまった。まるで時間が止まったみたいだ。
かすかに、先輩がうなずいた。
「私、先輩とどこかで会ったことがあるんでしょうか」
「いや。ないよ」
「どうして……」
どうしてあのとき、泣いたんですか。私の顔を見て、どうして。
でも、私はそれを言葉にすることをためらった。
「君を見て、思い出したことがあるんだ。ああなったのは、僕の古い記憶のせい。これで答えになっているかな」
「すみません、ヘンなことを聞いてしまって」
「気になるのは当然だよ。こちらこそ、すまなかった。ごめん」
これまで先輩はずっと高校二年生とは思えない落ち着き払った態度だった。でも、このときの先輩の表情は、今までで見た中で一番幼い感じがした。
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